カンヌ国際広告祭■特集■

ヤングコンペに参加して

斉藤賢司
(博報堂/コピーライター)
石井 原
(博報堂/デザイナー)

今年6月、カンヌのヤングクリエイティブコンペに参加してきました。ヤングコンペは、世界各国の30歳以下の広告制作者が2人1組で、提示されたテーマに対し24時間以内に広告を作るというもの。毎年、公共広告がテーマとして出題されます。残念ながら今年も入賞はなりませんでしたが、コンペを通 じてさまざまなことを考えさせられました。まずは6月17日夜のオリエンから翌18日夜の作品提出までの間、コンペがどう進んだか、僕らが何を考えたかを時間をおってご報告します。

6月17日 土曜
PM5:30 受付開始。「おいおい、お前ホント20代?」って感じのやけに大人っぽいチームが多い。体もデカい。童顔小柄なアジア系としてはちょっとビビる。
PM7:10 40分遅れでオリエン開始。が、なんとクライアントが飛行機のトラブルで出席できず。主催者がわずか2枚のオリエンシートを代読するだけで終了。英語に不安のある僕らとしては助かった(とこの時は思った)。翌朝クライアントの補足を受けることになり解散。
PM8:30
夕食を食べながらオリエンの確認。クライアントは「国境なき医師団」で、テーマは途上国の医療問題。「マラリアに代表される熱帯病で年間1700万人もの人が死んでいるのに、世界の製薬会社は何の薬も開発しない。肥満の薬や発毛剤など”生死に関わらないが確実に売れる薬“だけをつくるこうした利益追求型医療の現実と問題点を世界に知らしめる意見広告をつくってほしい」というちょっと複雑なものだ。言葉のハンデからコピーじゃ勝負できない、ビジュアルアイデア中心でいこうと決め、個人作業に入る。
PM11:00 持ち寄り。アイデアを出し合うがどれもいまひとつ。立ち位置があいまいで、方向性が散漫。ブレストに入る。
PM11:35 後輩から激励コール。「全然できん」なんて、この時点ではまだ笑って言える余裕がある。
6月18日 日曜
AM1:30 先進国と途上国、という対比をくっきり出す案、という方向性で固める。この方向でどぎついくらい強いアイデア、ということでさらに案出し。
AM3:30 なかなか決定的な案が出ない。アセり始める。
AM4:40 気がつくと斉藤がウトウトしている。石井、激しく叱責。
AM5:30 本気でアセってきたころ、ようやくそこそこの案がいくつか出る。それをキープしてさらに案出し。
AM6:10 今度は石井が意識もうろうに。
AM7:30 キープしていた案を一気に絞り込む。どこまでアグレッシブにいくか、そのさじ加減に悩み議論。結局、カンヌまで来て中途半端は嫌だということで、一番インパクトに振った案を選ぶ。もう寝る時間はない。
AM8:30 会場入り。ここでようやくクライアントが登場。補足オリエンがはじまる。「特定の薬や企業を攻撃するような表現はやめてほしい」ドキッ! 「不快に思う人がいるような表現はやめてほしい」ゲゲッ! まずい!インパクトに振った僕らの案はモロにこれにひっかかる!!むちゃくちゃアセる。悩みに悩んだ末、案を変えることを決意。アイデア出し再開。
AM11:30 必死で考え新案決定。先進国の患者の点滴が、マラリアの蚊よろしく途上国の患者の点滴を吸い上げているという案にする(ラフ参照)。早速ストックフォトから点滴と蚊をリクエスト。他国より出遅れたぶん、急がねば!
PM1:30 2時間待っても画像データが来ない!催促しても、とにかく待てと言われるのみ。他国の作業が進むのを横目に、何もできずイライラがつのる。
PM2:40 さらに待ってようやく画像が来る。が、なんと一番重要な点滴のデータがクラッシュしている!!アセって再度リクエストする。
PM3:30 最悪。もう1時間待たされた挙げ句、希望の画像は入手不可能だと言われる。呆然。が、泣き言をいっても始まらない。手元のデータの断片を加工して作るしかない。残り5時間、必死の作業が始まる。
PM5:30 遅々として進まず、半分パニック状態。2人とも口には出さないが、内心もう間に合わないかもと思い始める。
PM6:30 このままじゃ絶対間に合わない!ここで究極の選択を検討する。ストックフォトをそのまま使える別 案に切り替えるか?(候補案はあった)本気の本気で悩む。が土壇場で踏みとどまる。よけいな要素を全部なくそう。完成度はいらない。アイデアのコアだけ伝わればいい。そう腹を括って、あとはひたすら無言で作業に没頭する。
PM8:25 最後の最後、なんとか仕上げて出力へ。ぎりぎりセーフ・・・。一気に力が抜ける(が、データ量 が凄く、結局出力に2時間もかかってしまうことになる)。
PM10:30 ようやく完全終了。

という感じで本当に厳しい24時間でした。
結局1位はコピーが圧倒的に支持されたスウェーデン。「自分の家族がマラリアで死ぬ のを見て本当に落ち込んじゃった。でも、プロザックがあるから大丈夫」というものでした。

このコピーを聞いたときのショックは忘れられません。「プロザック」というのは、90年代前半に欧米で爆発的にヒットした抗鬱剤。この薬のTシャツやCDまで出たという、社会現象にまでなった薬です。つまり、マラリアで死ぬ 家族を治す薬はないのに、その悲しみを紛らわす薬だけがある、という状況を痛烈に皮肉っているんです。 もう完全に負けたな、と思いました。実は僕らも似たようなスタンスの案は一瞬考えた。でも、とてもこんな鮮やかに、深いメッセージにできなかった。目立ってやろう、何かしでかしてやろうという気持ちが強すぎて、テーマの深堀りが全然足りなかった。悔しいけど、表現云々以前に、精神の成熟度において負けていた気がします。

コンペ自体はこのように完敗で満足いくものではありませんでしたが、一方、収穫もありました。それは、いいと思うものにズレがなかったこと。アイデアのポイント、何を面 白いと思うか、その発見の仕方のツボは、どの国を見ても自分たちのやり方と差を感じなかった。日本の広告はよく特殊だといわれますが、それは結局、発想や視点が特殊なのではなく状況が特殊なんだと。だから意志と粘りがあれば、いいものは絶対作れる。そう思いました。 カンヌから、はや2ヶ月がたちます。日々の仕事に追われていると、ついあの感覚を忘れてしまいがちですが、意識して新しいアイデアのある広告、強いメッセージのある広告を目指していきたいと、いま思っています。