カンヌに着いた。ここのところ、勝つための競合に追われていたせいか、日本を離れたというだけで、私の心は躍っていた。カンヌの審査員。そんな大役が私に勤まるだろうか。いよいよ明日が、審査だ。私は、ボルドー産のワインを一気に飲み干すと、昔、つきあっていたフランス人の恋人に連絡をとった。この世界的リゾートでの仕事は楽しいものになりそうだ。
翌朝、会場に向かう。ヤングカンヌコンペの審査だ。会場の壁面には、世界34ヶ国の代表がつくった広告が、ずらりと並べられていた。各国の代表たちは、皆より一足先にカンヌ入りして、24時間かけて、公共広告を完成させていた。日本からは確か、三近淳というADと、高木基というコピーライターが参加していたはずである。ふたりに面識はないが、かなりの自信家だとの噂だ。自信だけでカンヌがとれれば世話はない。現に、このコンペは今年で7年目だが、これまで日本代表が入賞したことは一度もないのだ。実際、過去の作品を見ると、ビリの方じゃないかというお粗末な結果に終始してきたのだ。とれない原因は、公共広告という課題を、これまでの日本のチームは、建前で語り過ぎていたのではないかと、私は分析していた。担当の女性が、オリエンテーションを説明する。
ヤングカンヌコンペティション2001 オリエンテーション
クライアント… LEUKA 2000(英国の白血病研究機関)
目的 … 血のガンと呼ばれている白血病研究を進めることで、ガンの治療法が確実にみつかることを啓発し、寄付を募る。
トーン&マナー … 公共広告にありがちな、恐怖訴求や、お涙頂戴的なアプローチではなく、ポジティブであること。
・・・審査会議が終わった。どの国の案も、表現としてのクオリティに欠けていたというのが審査員の共通認識だった。課題が難しすぎるという意見もでた。その結果、オリエンテーションをきちんと説明できているものが、わかりやすい順番で入選した。
1位はブラジル(右下)、2位はU.S.A.(右上)だった。日本代表の(左中)ガン保険という切り口は、一部の審査員が「これがベストだ」と発言したが、最終的には落ちた。ビジュアルがついていないのが、損をしていたと思う。カンヌは、英語が達者でない審査員も多いのだ。いずれにせよ、+7でいうところの、4と5近辺での争いとなった。長い審査を終え、会場を出た私は、海岸沿いの洒落たレストランで、彼女と会う。10年ぶりの再会だ。私たちの愉しげな話し声に混ざって、今ハイドンの弦楽四重奏が流れ始めた。
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