ACCの活動
『TVerの研究』
~民放の抱える課題と『TVer』のサービスに関して~
ACC技術委員会では、2016年6月下旬に、『TVer』についての研究会を行いました。
2015年10月末、在京民放5社主導による見逃し番組サービス『TVer』が始まりました。これまでにも、NHKをはじめ民放各局にも有料オンデマンドサービスは存在しましたが、『TVer』の一番の特色は、無料であること、つまり今の民放TV放送と同じ、CM放映料収入により運営され、視聴者への課金がないメディアであるということです。試しにこのサービスに入ってみると、広告スキップの機能はなくCM全篇を見る必要がある、端末がマナーモードになっていても強制的にCM音声がONになるなど、かなり強力にCMの存在感をアピールしています。サービスが始まってからまだ日が浅く、各局の取り組み方にも若干の温度差があり、コンテンツの数もまだまだ発展途上ではあるようですが、今この時代に「CMを基調とする」というある種クラシックなビジネスモデルをWeb上で敢えて展開しようという発想に興味を感じます。この仕組みが本格的に稼動するとなればこれまでのCMコンテンツのWebへの転用時よりもさらに、TV-CMとの共存・棲み分けの技術的定義が必要になると思われます。そこで、“TVとWebでのCM取り扱いルール共通化”といったテーマも含め、『TVer』の仕組みについて、専門家の解説をうかがってみよう、ということで本研究会を開催しました。
以下、研究会内容の要約です。
講師:株式会社 TBSテレビ メディア戦略室長 龍宝 正峰 氏
『TVer』は在京民放5社による、「キャッチアップサービス」である。
キャッチアップサービスとは、放送局が放送済みの番組を、一定期間公式に動画配信するサービス、と定義されている。『TVer』は2015年10月スタート。スタート時は各局10番組ずつ程度の提供であったが、2016年4月には90番組くらいのボリュームに成長している。
系列局、BS局の番組も増えている。
『TVer』の画面
『TVer』は、スマホ、タブレット、PCなどの上で番組をWeb動画として視聴する。
配信は原則1週間で終了するが、配信予告、キーワード検索等の機能が充実している。
『TVer』の名前の由来は、「TPOを選ばずTVを楽しむ人々」であり、こういった人々を増やしていくことが大きな目的のひとつ。
2016年春の時点での番組ダウンロード数は約300万DL。高アクセス時間帯は昼時と22時以降。スマホ(小画面)での視聴はそれほど障害になっていない。
そもそも『TVer』スタートのきっかけとなったのは、民放TV局の抱える以下の課題であった。
- 1.視聴デバイスの変化
-
家庭のテレビではないデバイスでの動画視聴は今や常態化しつつある。
TV番組をTV以外のもので見ることができる環境は、もはや必須ともいえる。 - 2.インターネット活用によるスポンサーニーズの多様化
-
ネット上では、「ユーザーがどのサイトからきてどこにいったか」などがわかる。
そういった細かい視聴者動向データをTV番組からも取れないか。 - 3.録画視聴によるCMのスキップ
- 以前より問題のCMスキップ現象は、2011年ころの「録画機」普及のピークに合わせて顕著になった。「全録機」の出現によってさらに拍車がかかったと思われる。
- 4.Netflixなどの新動画サービスの台頭
- Netflix,amazon サブスクリプション(月額制見放題)サービス。最近ではオリジナルドラマなども。
- 5.違法なアップロード動画
- パンドラ、DailyMotion 違法にアップロードされたコンテンツに有料広告が付く場合すらある無法状態。
- 6.NHKのネット配信への取り組み
-
スポーツ中継、丸1日分のコンテンツ配信実験など実施。
TV番組のネット同時配信について積極的
このような課題を解決するための施策として、『TVer』をはじめた。
ところで、昨今若年層のTV離れが如実であるという風潮があるが、彼らは動画を見ること自体には旺盛な興味を持っている。さらに、通勤通学時などに見る動画の種類は、意外にTV由来のものが多いことがわかっている。たとえば、Web上の「テレビドラマまとめサイト」のようなところで情報を得、検索をかけて動画を探し出して見てみる、といったパターンが少なくない。
このような、TV動画視聴を取り巻く環境とユーザーの変化に対応する、『TVer』の目的を最後に改めてまとめる。
まとめ:『TVer』の目的
- タイムシフト視聴、PCやスマートデバイスによるユーザーのTVコンテンツへのアプローチの形が変わりつつあることへの対応。
- ネット上でTVコンテンツの視聴をしてもらうことにより、本来のリアルTVコンテンツへの回帰をうながす。
- インターネット環境の上で、TV放送・TVCM同様の安心安全なコンテンツを提供する場所を作る。
- 違法動画アップロードの撲滅
以上のミッションを、在京民放5社が軸となり推進していく。
質疑応答:
- Q.レジューム機能とは?
- 途中まで見たコンテンツを、次回視聴時に自動的にその続きから見られる機能。
スマホ版アプリで作動中。ただしCMは毎回見なければいけない。 - Q.CMはアトランダムに出てくるということだが
-
一社提供では固定。その他ではランダムとなる事も。
将来的にはコンテンツの視聴者層に応じて送出CMを切り替える事も - Q.初回オンエア時のスポンサーが『TVer』配信時に引き継がれる事は?
- 原則スポンサーには配信でのCM提供の打診をするが、提供引継ぎは必須ではない。
TV放送における「再放送」の扱いと同じと考えたい。 - Q.TV放送と『TVer』の間で、搬入基準、考査基準に違いは?
- まったく同じではないが、『TVer』はTV局の発信するものである以上、
著しくTVの基準から逸脱するものは原則扱わない予定。 - Q.キャッチアップ視聴からリアルタイム視聴への回帰例とは
- ドラマのある回を『TVer』で見て、次の回から本放送で見る、といったこと。
- Q.将来的には全ての番組をキャッチアップ視聴できるようになるのか
-
イギリスでは過去分のEPGから見逃し視聴が可能な仕組みがあるが、
権利処理等の関係で実際に視聴できるのは全番組の7割程度。
『TVer』ではそこまでの規模になるかどうか未定。 - Q.視聴率にあたるデータは?
- 再生回数でカウントしている。
- Q.TBSの場合、TBSオンデマンド、TBSフリー、『TVer』の3つのWeb配信サービスの違いは。
-
TBSオンデマンドは有料コンテンツライブラリで、配信期間の制限なし。
TBSフリー、『TVer』はまったく同じ内容。
『TVer』は、TV視聴の新しい試みとして、AMDアワード、ギャラクシー・フロンティア賞などを受賞。今後、テレビを楽しむ人がテレビの情報をも受け取る事ができるサイトに充実させていく、とのことでした。また、一度コンテンツを見始めれば、途中でスキップできないCMを見ることはWeb上でもさほど苦にする人は少なく、大きな障害にはならないことなども調査の結果わかってきているそうです。
最近では録画機のデジタルプロテクトの機能が進化し、以前のように番組を録ったビデオテープを気軽に友人などとやり取りすることが難しくなりました。かといって違法アップロードされたコンテンツを探して見るのも違和感を感じるものです。
そういう時代の中で、見逃してしまった番組や面白かった番組を公式に、しかるべき形で再視聴できる『TVer』に今後ますますの充実と発展を期待しつつ、研究会を終了しました。
文:勝田正仁 (技術委員会委員長)