SESSION.2
【モデレーター】
佐々木 康晴 氏
電通
<プロフィール>
1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブ・ディレクター、電通アメリカECD等を経て現職。現在は東京にてデジタル・クリエーティブ・ソリューションおよびイノベーション創造、グローバル・クリエーティブ等を統括する。
著書に「アイデアはパスポート: 世界で働くクリエイター」(共著)など。日本でいちばんヘタで過激なカヌーイスト集団「転覆隊」隊員。性格は地味だが、シャツは派手。
【パネリスト】
安宅 和人 氏
ヤフー
<プロフィール>
データサイエンティスト協会理事。慶應義塾大学SFC特任教授。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程終了後、マッキンゼー入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経科学プログラムに入学。
2001年春、学位取得(Ph.D.)。ポスドクを経て2001年末マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域中心メンバーの一人として幅広い商品・事業開発、ブランド再生に関わる。2008年よりヤフー。2012年7月より現職。途中データ及び研究開発部門も統括。経済産業省 産業構造審議会 新産業構造部会 委員、人工知能技術戦略会議 産業化ロードマップTF 副主査、内閣官房 第4次産業革命 人材育成推進会議 委員なども務める。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版、2010)。
深田 昌則 氏
パナソニック アプライアンス社 Game Changer Catapult
<プロフィール>
1989年 パナソニック株式会社(松下電器産業:当時)⼊社、1990年から2年間、米国およびカナダにて海外研修。AVC社で欧米向け国際営業担当後、海外宣伝課長としてLUMIX、DVDレコーダーなどの市場導入を担当。ハリウッドでの映画・音楽連携によるグローバルキャンペーンを実施。
2004年よりスポーツマーケティング室リーダーとして五輪PJ推進責任者。TOPパートナー契約責任者及びグローバルマーケティングを担当。
2010年よりパナソニックカナダにて市販営業担当ディレクター。2015年よりアプライアンス社海外マーケティング本部新規事業開発室長、2016年に社内イノベーション・アクセラレーター「ゲームチェンジャー・カタパルト」を立ち上げ、現在に⾄る。
趣味は旅行・映画など。
【進行】
佐々木:今年度、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSに新設されたクリエイティブイノベーション部門の中身についてお話します。が、パネリストの方々は非常におもしろいバックグラウンドをお持ちなので、イノベーションとはなんだろうとか、日本でイノベーションをどう起こせばいいかという話に発展させていければいいなと思っています。
まずはこの部門が何なのかお話させてください。カンヌなどさまざまな広告賞の中にイノベーション部門はありますが、意外と定義が曖昧なんですね。今回我々はこれをクライテリアとしました。
「ビッグ・アイデア×テクノロジー」
「アイデアとテクノロジーとの掛け算で産みだされた、
未来を作り出す、世の中を動かす可能性のあるプロダクト&サービスと、プロトタイプ」を表彰します。
ビジネスの大きさよりも新しいチャレンジを評価します。
佐々木:すでに成功しているものよりも、これから火が付くような新しいチャレンジを褒めようと考えました。今後この部門に広告系のみならず、大学の研究室やスタートアップ企業などからどんどん参加してもらえたらと、今回はいろんなところから応募を募りました。
まずはいくつか受賞作を見ていただこうと思います。
安宅さんが推していたゴールド受賞の『服作り4.0「WE ARE」』から。
※会場では映像とともに紹介しました。
【作品上映】シタテル/服づくり4.0「WE ARE」
安宅: おもしろいと思ったポイントが3点ありました。まず、服を作るには糸屋とか織り屋とか染め屋とか、だいたい50種類くらいのプロフェッショナルをつなぎ合わせる鵜飼い的な能力が必要なために、どうしても商社に依存せざるを得ない状況がありました。その衣料生産がこのテクノロジーでついに民主化されつつある。2つ目は、作り手と作りたい人が直結されていること。今まで作り手だけに振り回されて終わっていたのが、かなりシームレスにやりとりできるようになった。3つ目はポテンシャルが巨大ということ。衣料の世界はウン十兆円の市場ですが、ウルトラフラグメンテッドでトップ1000ブランドくっつけても市場の20%くらいしかないんですよね。非常に粉々な状況で、とても巨大で、本来アップデートされるべきところ。本質的に変わってくるテクノロジーなので、熱狂的に推しました。
佐々木:みなさんが、これは是非上げるべきだとおっしゃって。中でも安宅さんが強く推されていましたね。では深田さんのお気に入り、ブロンズ受賞の「MetaLimbs」をご紹介ください。
深田: 一見してナニコレというところが、すごくイノベーティブだと思いました。私も3点ありまして、まず「なぜ人間には腕が2本しかないのか」という本質的な疑問を持って、それに対してチャレンジしているということ。「なんで2本なの、3,4本ほしいよね」と。2つ目は、このばかばかしい話を、大学の研究者が真面目に本当にやっているということ。追求していくと、実は本質的に世の中が大きく変わることだと思います。3つ目は、これ非常に大事なんですけど、写真を見ただけで「すごく好き」と思ったんですね。理屈ではなく、この「気持ち悪い」「好き」とかいう反応がいいんですよ。
【作品上映】慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科/東京大学 先端科学技術研究センター/MetaLimbs
深田: これ、ほしいですよね(笑)。子どものころに見たイノベーションに近いんですよ。孫の手、マジックハンドと来て、次はこれ。この広がり感はひょっとしたら産業に大きなインパクトを与えるかもしれない。腕だけでなく足が増えたり、いろいろと考えるととてもドラマティックな光景が想像できます。
佐々木:この2つを見てもらっただけで、わけわかんない部門だなと思われたと思います。審査している側も混乱するぐらい、いろいろなものが応募されてきました。その中で、世の中を変えるきっかけになるかもしれないというものを見つけた。私からも1つ、好きな作品を上映します。
【作品上映】ソニー/toio
佐々木:なにはともあれ欲しい、というのが理由です。教育用のおもちゃですけれど、何に使えばいいかわからないものなんですよね。今どき日本の企業は売れるものしか作る判断をしないから、なんだかわからないものを作らなくなってしまっている。それをソニーさんのような大きい企業がやってくれた。これで遊んだ子どもが、これをきっかけに開発研究したり、何かを見つけていく人になるかもしれない非常に可能性のあるものだなと思いました。昔はパソコンなんて何に使うかわからない箱だったんですよ。でもそれで遊んだ人たちが研究者になったりゲームを作ったりしている。自由度のある道具が今は少なくてつまらないと思っていたので。
佐々木:ちなみにグランプリは、「COGY/あきらめない人の車いす」が選ばれました。足が不自由な人は安全な車いすに乗っていればいいというのではなく、自分の足の力を使ってという大きな価値転換をしています。こういう社会的意義のあるものから、よくわからない手から、様々なものがあるクリエイティブイノベーション部門でした。非常に可能性を感じています。
ただひとつ、広告クリエイター的な人たちがあまり入ってこれていないんですね。ということで後半は、どうしたら広告クリエイター、アイデアの力を持っている人たちがイノベーションの世界に入っていけるか。そのために足りないスキルや視点があるのか。パネリストのお二方に聞いてみたいと思います。深田さん、クライアント側にいてイノベーションを推進するという時に、広告クリエイターは必要とされていますか?もしくは、どうしたら彼らは貢献できますか?
深田: 広告会社の方々は、「おもしろい表現」「テレビウケ」などの提案をされることが多いですね。でも我々の事業というのは、今日より明日の方がよくなることを信じながら、新しい価値を提供し続ける、という責任をもってやっています。その感覚からすると、単におもしろいというだけで一緒にやっていくことは難しい。ただ、イノベーションに一緒に取り組んでいくという姿勢があれば、共感できてチームになれるだろうという感覚があります。
この「共感」というキーワードですが、イノベーション活動にはとても大事だと思っているんですね。アメリカ最大のイノベーションのイベントである「SXSW(サウスバイサウスウエスト)」では、何をしているかというと、紹介しているものに対して共感できるかどうか。新事業の提案、新しい音楽や映像表現も含めて、共感できるかなんです。共感されればイイネがもらえて、すると必ず「僕は映像作家だからこういうことできますよ」とか、「私は糖尿病学会の代表ですがこれは使える」とか、「僕のホテルに100台ほしい」とか、言われるわけです。共感のあるところには、人が集まってお金が集まる。イノベーティブなアイデアを、どう共感に結び付けていけるかが、クリエイティブコミュニティとイノベーションのブリッジになると思います。
佐々木:深田さんが所属されている、パナソニック アプライアンス社のGame Changer Catapultは、社外のクリエイターや研究者ともつながってるんですよね。僕ら広告会社側はどうしても仕事を依頼される側に回りがちなんですけど、「これをやりたい」「これが好きだからもっとこうしましょう」とか、突っ込んでもいいということですよね。
深田: どちらかというと、雑多な人間が集まっているような場で、雑談の中から出てくるアイデアを形にするところで、手伝っていただけたらありがたいです。この「共感」は、集合知みたいなものに結び付けるきっかけなんですよ。例えばAmazonのアレクサは、世界観に共感した世界中の人が、趣味でコンテンツやソフトを作っている。共感する人が集まると、イノベーションはすごく進むということなんですね。じゃあどうやって共感を得るものを作るかという、おもしろいのはそこです。先ほどご紹介した「MetaLimbs」にしても、どういう所でどう使えば人にウケて使ってもらえるのか、むしろクリエイターの方たちが詳しいんじゃないかなと。
佐々木:ついテクノロジーと聞くと、詳しくないからと腰が引けちゃうクリエイターもいるんですけどね。そこはそんなに詳しくなくても、共感を持ってクリエイティブの専門性で参加して大丈夫ということですね。
深田: テクノロジーはむしろ知らない方がいですよ。知っていると、できることの限界がわかってしまうので。先ほどの「toio」にしても、何も知らない子どもが「おもしろい!」と見つけるところこそおもしろい。
佐々木:そういう子ども的な役割を、クリエイターができると。安宅さんの視点では、イノベーションにクリエイターは必要と感じますか。
安宅: それはもう、超必要ですよ。確かに、今データとAIを組み合わせて膨大な情報の識別や予測が自動化できますけど、技術の方にみんな目が行きすぎているんです。イノベーションというのは、技術の進化そのものではないんですよ。イノベーションだったり課題解決というのは、「夢」を「技術」でなんとか実現させて、それを「デザイン」でパッケージしたものなんですね。夢×技術×デザイン、もしくはアートでできている。実は「夢」と「アート」が100万倍大事なんですよ。例えばエンジンはだいぶ前にできたものですが、クルマというものにパッケージしなければこんな巨大な産業は生まれませんでした。夢とパッケージに価値を生み出す力が集中していることを、クリエイターの方々はもう一度思い起こしてもいい。
僕は25年ほど前からマーケティングに関わってきていますが、本来マーケターがやるべき「商品がどういう場面でどういう価値を持つか」というのを、この国ではクリエイターが叩き出してきたと認識しています。クリエイターがマーケティングストラテジストのやるべき仕事をしてきて、その延長に「技術を使って夢をパッケージング」がある。だから実は、今です。
佐々木:なるほど。最初に大きな夢を描くパートと、最後にカタチにするパートの両方が大事なんですね。
深田: 想像力、構想力、妄想力ですかね。レッツ妄想。妄想と言えばクリエイターじゃないですか。
佐々木:そこだけは得意な人がここに来ているはずです。とはいえ、どんどんテクノロジーが進むと「最適な表現はAIが作るんじゃないか」という不安感があります。電通にもAIコピーライターというのがいて、まだたいしたこと書けないんですけどたまにドキッとするいいものがあったりして、不安になる。そんな時代に人のクリエイティビティってどれくらい大事なの?と。
安宅: とても重要なのは、AIは自動翻訳していても意味をまったく理解していないということです。コンテキストや重層的な意味を感じるのは、結局我々なんですよ。クリエイターは普通の人では考えられないほど多面的に意味を感じている。例えばこの青がいい感じであると、青という概念は物理量ではないので心の中にしかないんです。そこが自動化される見込みは今のところまったくないんですね。
佐々木:さまざまな物が自動化していくけど、自動化できない部分がある。人間がもっと人間的なことに集中していいということですね。
安宅: ですね。価値評価はクリエイターの大事な仕事だと思います。価値妄想かな?
深田: 妄想価値ですね。
佐々木:人間にしかできない妄想の力が、テクノロジーを使って価値転換を図る。ならば、資源の少ない日本でも、クリエイターの力で、日本にしかできないようなとんでもないことを生み出すエネルギーがおこせるかもしれないですね。
安宅さん、未来をどんな社会にしたいという構想はありますか?
安宅: 我々のようなデータやAI系の世界でも、価値が「エモさ」に集中していっています。アイボなんて典型的な例で、機能なんかほとんどなくてエモさしかないですよ。技術をエモさでラップしていた時代は終わりつつあって、逆にエモさを技術的に実現するようになっていく。その“エモさデザイン”というのはクリエイターの仕事そのものではないですか。だから、おもしろくないハイテクの未来というのは違うと思っています。
映画の『ブレードランナー2049』を見た時、俺はこんな未来を作るために生まれて来たのではないと思いました。むかし多くの人が住んでいたところが廃街化してるんですけど、よく見ると日本でも世界でも同じようなことが起きています。『TIME』でもアメリカの限界集落が特集されていましたけど、大問題なんですね。以前“限界集落を立て直す”ために働いていた人たちが、“限界集落を終わらせる”ために今は働いてるんですから。でも変じゃないですか、そういう土地の多くって縄文時代から人が住んでいたような場所なんです。江戸時代から比べても4倍の人口がいるこの国で、人がいなくなり廃村化している。
そもそもテクノロジーというのは、100人1000人でやっていたことを1人でできるようにするために生まれたもの。なのになぜ我々は都市に向かい、スラム化させ、より人間が住むのに適した空間を捨てているのかと。そういうことに問題意識を持っています。ブレードランナーのような未来ではなく、(ジブリの)「風の谷」のように技術を使いながらもう少し豊かに生きる未来というのがあるはずです。ここから5年10年は分岐点になるのではないかと。もうひとつのオルタナティブな未来を作らないと、このままでは自分の子どもや孫にまともな未来を残せません。
佐々木:安宅さんの「風の谷」構想、その未来の妄想力はおもしろい。決して嫌な未来になるのを待つのではなく、僕らが考えて作ればいい。
安宅: 絵を描く人が山のように必要。温かい絵、熱い言葉がほしいです。
佐々木:深田さんがGame Changer Catapultで未来に向けて考えていることは?
深田: ブロックチェーン家電というテーマに取り組んでいます。分散型台帳システムを使いながら、人と人とのリアルな関係を作れればと。例えば、おにぎりを仮想通貨とする。おばあちゃんがおにぎりを作り、若い人が食べにくる。「1おに」なら電球の交換をしてくれるし、「2おに」なら駅まで車で送ってくれたりする。社会が通貨を介さなくても、善意のような物を分散型で積み重ねていくことによって、いい社会ができないか。それを家電が媒介する時代がきっとくる、という妄想がありまして。
佐々木:いろんなことができそうですね。これまで家電は機能の提供をしてきたけれども、人のつながりを濃くするといった違う能力を持つ。するといろんなアイデアやデザインが出てきますよね。
深田: 580億おにぎりが流れていって、アフリカで食べているとかね。
佐々木:技術はどんどん進むでしょうが、ますます人っぽい能力を出すことが重要になってくる。今イノベーションをやっていない皆さんも、何を作ろうとか、誰と作ろうとか、どんな妄想を描くかということを考えてほしいです。では最後に、明日からどんなことをしてイノベーションに近付けばいいか助言をお願いします。
安宅: 3点あります。1つ目は、技術で遊ぶということ。技術そのものには意味がないので、意味を考えて技術で遊ぶということ。今の情報科学者にはその部分が完全に無視されていますから。2つ目は、どんな未来を残したいのか考えること。「風の谷」は僕の妄想の一例ですが、今は技術で我々の描くことのかなりが実現できます。クリエイターの方々の豊かな発想をどんどん解き放っていってほしい。3つ目は、意味理解とそこからの発想。これが人間の最後のよりどころになっていくでしょう。それ以外の計算や最適化といったうっとうしいことは全部機械がやってくれますので。その基となるのは我々の知的経験であり人的経験であり、思索の深さから来ています。生の体験をなるべく多くして、異質な体験を掛け合わせるようなことに勝負が来る。それってクリエイターワールドですね。
深田: リアル体験はめちゃくちゃ大事ですよ。今までプレゼンのうまい人が評価されてきましたが、それはそれで重要ですけどね、同時にリアル体験ですよ。例えば「MetaLimbs」みたいなものを実際に持ち込まれたら、机にずっとしがみついているサラリーマンは感動する。クリエイティブのよさは、自分で実際の物を作ったり言葉を作ったりということ。きれいなパワーポイントというよりは、物を持ち込むということをどんどんしてもらえると。
佐々木:「これを作りたい」「実現したい」と熱意をもって集中するのは、クリエイターの得意なことだと思います。それが未来を作るエネルギーになるなら、非常におもしろそうですね。
本日はありがとうございました。