コンテンポラリー・ダンサー
コレオグラファー(振付師)
髙瀬譜希子
世界最高峰のダンスカンパニーに所属し、コンテンポラリー・ダンサーとしてイギリスにとどまらず世界各地で活動する髙瀬譜希子さん。2013年 Atoms for Peace『Ingenue』でトム・ヨークと共演、昨年は宇多田ヒカル『Forevermore』の振付を担当し話題になった。コンテンポラリーダンスの魅力と、ダンスというアートに込められたクリエイティビティについて話を聞いた。
境界のない自由なダンス
―コンテンポラリーダンスとはどういうものなのでしょう。
もともとはフランスのポストモダンダンスが、80年代アメリカで発展しました。近年ではバレエはもちろん、格闘技、社交ダンス、ヒップホップ、フラメンコなど他のフィジカルフォームと融合した振付やダンススタイルも…、なので「こういうダンス」と境界線を引くのが難しいです。音楽、文化、映像、科学、ファッションなど、多分野との自由なコラボレーションの影響で急速に発展しつつあるアートフォームのひとつだと思います。
―例えばクラシックバレエには決まった型がありますよね。コンテンポラリーダンスは型がなくて、そこに即興が入ってくる?
クラシックバレエは完璧を追求するもので、決められているステップの組み合わせでつくるアートフォームです。一方でコンテンポラリーダンスは、美の捉え方が少し違います。心を表現するために、醜いものや見られたくないものまで芸術の中に入ってきます。自由に表現していい。日本では創作舞踊とか言いますね。様々な要素が入ってくるので定義はわからなくなっている。それは、まだ成長する余地があるということだと思います。
―髙瀬さんはクラシックバレエから始めたんですか?
2歳の時に母からモダンダンスを習い始めました。両親がダンスアーティストだったので、劇場やスタジオが幼稚園のように、常にダンスのある環境で育ちました。高校生くらいから、おそらく社会の流れでコンテンポラリーダンスというターミノロジーに変わりましたが、私の中での境界線はそれほどありませんでした。クラシックバレエは、オランダに留学した17歳から始めました。
―中学生の頃から数々のコンクールで入賞されていますが、自由に表現していいモダンダンスやコンテンポラリーの評価や審査基準とは、いったい何なのでしょう。
人間性が関係してくるんだと思います。舞台では、そこに立つ人がどんな人なのかを隠すことができません。立った瞬間のオーラがあって、それがいかに作品とマッチしているかだと思います。私は中学までジュニアの部に出ていましたが、子どもだからといって可愛いだけではなく、子どもなりの心を表現できているか。トレーニングや衣装も関係しますけれど、その上でその時の心を表現できたかという創作性が評価されます。
ウェイン・マクレガーに憧れて
―髙瀬さんはその点で評価され、数々の優勝を果たされたのですね。今はロンドンにおいて世界最高峰のカンパニー・ウェイン・マクレガーに入団されていますが、そこまでの経緯は?
中学生の頃から将来は海外でプロになりたいと思っていましたが、高校生の時にオランダに留学したことでそれがリアルなビジョンになりました。海外でダンスカンパニーに入る、その道しか頭になかったんです。
ウェインのことは2006年頃に作品を観て知り、圧倒されました。彼はアートを見る目にも長けているので、コラボレーションの相手がいつも素晴らしくて、インスピレーションが止むことがない人です。
彼のカンパニーに入るにはオーディションへの招待を受ける必要があるのですが、はじめは招待されず、何年か後に2回目で合格することができました。ウェインの審査基準は、基本的な技術もあるけど、その人がスタジオに入ってきた瞬間のオーラなんだそうです。だから、カンパニーには10人のダンサーがいるのですが、それぞれバックグラウンドや体格、踊り方が違っていて、同じテーマをもらっても当然それぞれ違う表現をします。けれど決してちぐはぐにはならず、10人でひとつになることができる。個性があるけど協調できる。振付や指導などのスキルも必要です。
―ウェインとの仕事は楽しいですか?
TEDはご覧になりましたか? ウェインは15分のプレゼンテーションの間に作品をつくっていますよね*。ダンスアーティストにとって、彼のようなスピード感のあるチャレンジをしてくれる人は成長加速剤のようで、特に直感を磨いてくれる。自分で自分を見ても限界があるけれど、ウェインのような人がいると「こんなこともできる」という可能性を広げてくれる。彼は作品に取り組むごとに、ダンサーに課題を出すんです。8年間一緒に仕事をしていますが、課題が一度たりとも同じだったことはありません。常に考え続けている人で、裏の努力が伝わってくるんです。私はプロセスに生きている人間なので、ウェインのプロセスの創造性に魅力を感じています。
―ウェインから出される課題というのは、例えばどういうものなのですか。
ジオメトリー(幾何学)、ボリューム、色、テクスチャーなどさまざまです。動きをつくるときには、10人のダンサーにはそれぞれのメソッドがあるので、問題解決のために直線で行くか、曲線で行くか、あちこちに寄ってから行くかはそのダンサーによる。時には天井を床にしようとか、前を後ろにしようとか、空間や考え方、見方を変えてみたりもします。
ウェインによると、将来の作品づくりのためのテーマ題材のリストがあり、一緒に働きたいコラボレーターの長いリストもあるのだそうです。1年間で何十本も作品をつくり、短い期間に何本ものプレミア公演が多数の国で行われることもある彼のような人にとっては、リストでも作らないと間に合わないのでしょう。音楽、舞台装置、テーマ、それらを日ごろからインプットしていて興味の幅もとても広いです。彼はアートへの造詣が深く、読書家で、知識が広い。いろいろなものを見ています。興味がわけばすぐに連絡を取って人と会いに行く。非常にアクティブです。
私自身、私の創作力も、彼からはホントに大きな影響を受けていると思います。
―コンテポラリーダンスは非常にインタラクティブなものなんですね。振付師がダンスを一方通行で教えるのではなく、ダンサーから引き出してつくっている。
ウェインは英国ロイヤルバレエ団の常任振付師でもあり、そこではつくった振りだけをダンサーに渡しているそうですけれど、自分のカンパニーではダンサーの想像力も併せてつくっていきます。彼が出した課題に対してソリューションを返すんですね。必ずしも正解・不正解はないのですが、どれだけ動きをつくっても一割しか採用されないということもありますけど…(笑)。
* ウェイン・マクレガー「ダンス創作プロセスの実演」参照
(https://www.ted.com/talks/wayne_mcgregor_a_choreographer_s_creative_process_in_real_time?language=ja#t-221887)
ダンスを通じて伝えたいコト
―ご自身が振付をする場合、何語でイメージを創りますか? 髙瀬さんは日本人ですけれど、それは創造の点で有意に働きますか?
振りをつくる上で、音のイメージや色のイメージ、ジオメトリー、さまざまなソース・オブ・インスピレーション(ポイント)があると思うんですけど、振りを音のイメージでつくるとしたら、私の英語の発音やリズムはネイティブとは少し違うと思うんです。例えば“Good Morning.”を動きにするとした時、私とイギリス人のアクセントは全然違う。だから動きも違うものになります。人と違うものがつくれるという点で、日本人であり、周りと同じ思考回路ではないことが有意に働くとは思います。
―作品ごとに異なるとは思いますが、髙瀬さんがダンスを通じて伝えたいことは何ですか。
創造力、人間の肉体の可能性、瞬間芸術ならではの醍醐味、二度とない瞬間と空間を共にできる一体感などです。それにプラスするとすれば、「生きている喜び」ということでしょうか。生きていることをありがたく思う瞬間というのは、普通に暮らしていればそうそうありませんよね。でも私はダンスを通じて、健康的な身体、表現できる体を持っているという喜びを感じています。ダンスで自分の心を表現し、シェアできることが、本当に幸せなんです。
個人的な体験で、これまでにもう踊りをやめようと諦めそうになったことが何回かあるんですよ。高校の時に人生最悪という時期があって、絶望的に心身とも疲れて、希望が持てなかった経験。オランダでひどいホームシックになったり、ロンドンで所属していた前のカンパニーが解散して路頭に迷いそうになったり…。ボロボロになったそんな時に結局ダンスに救われて、「人生って悪くない!」って思える瞬間があった。踊りがあったから、ちゃんとした人間になれたんですね。人に伝える言語として、私には日本語と、英語と、もうひとつダンスがある。ひとつの言語としてみんなとシェアできるのが幸せです。