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Vol.13

シオリーヌ(大貫詩織)

チャンネル登録者数15万人の助産師/性教育YouTuberシオリーヌさん。学校教育が、大人たちが、これまではぐらかしてきた「本当に大事なこと」に言及し、これまでタブーとされてきた具体的な性に関する情報を明るく発信する、日本の性教育を開拓するフロントランナー。避妊具のつけ方をテーマにした動画は400万回再生超え。日本の性教育の不備がジェンダーギャップを生む一因となり、人権教育の不備にもつながっていると主張する。

子どもたちが本当に知りたいことを伝える

―日本の学校では、子どもがきちんとした性教育を受けられていません。家庭によって個人格差が生まれ、肝心なことを知らない子供がたくさんいると感じます。

 義務教育で性に関する知識が十分提供されていないことは、大きな問題だと思っています。
 中学校の学習指導要領では、性交渉について扱わないことになっているのが現状。私は以前助産師として総合病院で働いていましたが、妊娠してから「自分は何も知らなかった」という人がたくさんいました。産後の女性に対して避妊の方法を教えると、「ちゃんと教わったのは初めて」だと話す方も。本来これは産後ではなく、その前に知ってライフプランに活かすことが大切だと思うんです。
 今の子どもたちは、インターネットにつながるデバイスを多岐にわたって使っていて、こちらから検索しなくても性的なワードや画像に触れてしまいます。信頼できる必要な知識を伝えられる前に、偏った知識や価値観を植え付けられかねません。おしよせてくる情報の中で、何が必要で、何が信頼できる情報なのかを選び取っていかなくてはならない。それなのに、学校では必要な、後ろ盾になるような知識を伝えてもらえないというのが大きな問題だと思っています。
 最近では、性教育に関心を持って情報を取りに行く人にとっては役立つコンテンツが増えてきました。けれどその必要性にすら気づいていない人に情報を届けるのが難しいと感じています。
 義務教育では国際的なスタンダードに合わせて、具体的で包括的な性教育を提供してほしい。そのように声を上げたり、政府に働きかけたりしてきていますが、成果を得るには先が長そうです。

―どうすれば事態を改善できるのでしょうか?

 性教育コンテンツが世の中に溢れないといけません。子どもが検索した時に、彼らをサポートできる情報が圧倒的に検索の上位に出てくるような世の中にしなくては。そこは、大人たちが本気でものづくりをがんばらなくてはいけないところだなと思います。

―家庭での性教育でいうと、どうしたらいいのか見当もつかない大人も多いのでは。

 大人も十分な性教育を受けてきていないので、大人も性教育を受ける必要があると感じています。最近では、多様な人が安心して働ける職場づくりをしようという目的で、研修を設ける企業も増えてきていますね。
 私のYouTubeの視聴者は半分が学生さんで、半分はその上の世代です。若い世代に向けて発信していますが、大人が見たときに「性教育とはこういうことを扱うものなのか」「こういう言葉を使えばいいのか」「大事な話なんだな」と気づくきっかけになったらいいなと活動しています。

―ご著書を拝読すると、性教育とは自分と他者を大事にすることについての教育なんですね。必修じゃないかと思いました。

若い人に向けた性知識の入門書『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』(イースト・プレス)と、幼いうちから知っておくべき性知識を書いた幼年~小学校低学年向けの『こどもジェンダー』(ワニブックス)。

 性の話をすると、「子どもが性に興味を持ちすぎてしまう」という反応も多くみられますが、そもそも性的なことに興味を持つのは悪いことなのでしょうか。ただの成長であって、大人が変な意味づけをしすぎているなと思うんです。子どもの性、高齢者の性、障がい者の性がタブー視されるのはなぜかと考えると、多くの大人の「純粋無垢でいてほしい」「性の側面を感じたくない」という押し付けがあると思います。子どもの心も体もお子さん自身のものなので。お子さんの変化がいいとか悪いとかジャッジする権利は周囲の人にはないはずなんですよね。

 そんなことよりも、性への興味関心や体の変化が出てきたときに、自分や周囲の人と健康的で安心できる関係性を築けるように、必要な知識をきちんと渡していくことが、お子さんの健やかな成長をサポートすることにつながります。

YouTubeで若者と直接つながる

―発信の方法としてYouTubeを選んだ理由は何ですか?

 2019年にYouTubeを始める前から、学校に招かれて生徒さんたちに性教育の講演をしてきました。ところが、いくつかの学校から「具体的なことに踏み込まないで」と言われたことがありました。避妊具について触れてもいいけれど、実物を見せたり、どこに売っていてどう使うかには言及しないでと。理由は、生徒がそれを用いることを“学校が受け入れている”となるのがよしとされないからです。けれど一番大事なのは、そこのところの知識です。必要な知識を得て、自分の生活にどう生かすか、自分のアクションをどうするかを想像できる伝え方をしないと意味がないのではと思いました。
子どもが学校で習えないのだとしたら、彼らが情報を取れる場所に情報を置いておく必要があると考えてYouTubeを選びました。もともとYouTubeを見るのがとても好きで、自分が楽しんで見ていたし、中高生がよく見ていることも知っていたんです。
 見せ方としてもオンライン授業みたいにすると見に来てもらえませんから、ほかのエンタメ系ユーチューバーと同じテンションで性の話をするよう心がけています。編集も彼らを参考にしました。もともとアマチュアお笑い芸人をやっていて、人前で話すことが好きなので、エンタメを楽しむ流れでこちらも見てくれることを願って。

―最初に拝見した時は驚きました。ここまであけすけに、性の話をしていいんだ!と。

 初めのころは、女の人が顔を出してあっけらかんと性の話をするなんてすごいですね、という反応が多かったです。ギョッとされていたけれど、2年半近くやっているうち「性教育は大事だ」と世の中が変わってきました。「ありがたい」「こんな話も聞きたい」といった前向きなご意見を最近はよくいただけます。
 そして若い人たちからは「これを学校で習いたかった」という声がとても多いです。先生が濁したのはこのことだったんだ、と。子どもはやっぱり頼りになる情報を求めているし、すでにさまざまな判断を迫られる状況を経験している子も多い。その判断、意思決定を助けてくれる情報が本当に必要なんです。コメントを見てそのことを痛感すると同時に、大人はこの教育から逃げてはいけないと感じました。

 ただ、女性が性欲の話をすると「性欲をぶつけていい人」ととらえる人がとても多いんですよね。すごい数のセクハラに遭いました。「相手してあげるよ」と。性に関してオープンな女性は見下していいし、性欲をぶつけていいと認定する人がとても多いんです。コメントだけでなく直接言ってくる人もいるし、局部の写真を送ってくる人もいる。すごい数です。

―そういう人たちは、ちゃんと性教育を受けていてもセクハラをするのでしょうか。

 彼らが、性教育が足りていないことの証明だと感じます。人権教育を受けたことがないのだと。

―教育、本当に必要ですね。大人にも。
シオリーヌさんはYouTube、Twitter、Voicyと複数のプラットフォームで発信をされています。どのような軸でそれぞれ配信されていますか?

 YouTubeは「性教育ユーチューバー」として発信しているチャンネルなので、性に関する教育的な、何かしらの学びがあるコンテンツを目指しています。日本で性教育というと妊娠出産育児に関することだけを想像する方が多いのですが、ユネスコのガイダンスを見ると性教育の領域はもっと多彩です。ジェンダー、セクシュアリティ、人権、国ごとの文化や価値観にいたるまで様々なことが性教育に含まれます。私の「性教育」も同様なので、YouTubeでもジェンダー、ボディポジティブ、メイクの話などもしています。
 Twitterは楽しいからやっているだけで、趣味です。思ったことを整理したり、ユーザーさんと交流したり。
 Voicyは、性教育に関連しないことの発信の場として始めました。助産師というアイデンティティだけでなく、日常で感じたことや、これまでの仕事経験で学んだことなど。「ご自愛ラジオ」というタイトルにしていて、自分を大切にしながらのほほんと生きていける人が増えるにはどうしたらいいですかね~と、ユルくなんでも話せる場として使っています。

多様性が当たり前に描かれる社会に向けて

―「子どもたちが安心して未来に希望を抱ける社会をつくること」を夢だと話されていました。広告業界ができることは何でしょう。

 ステレオタイプなメッセージをしないというだけで、大きなことだと思います。たとえばCMでお父さんがラップをかけている。そういう表現があるだけで、家事をするのは女というステレオタイプを壊す一助になります。社会には多様な人がいるはずなのに、テレビや広告の世界になった瞬間に「こういう役柄はこういう人がやる」「こういう役の人はこういう動きをする」といった決めつけが色濃く出てくるように感じます。当たり前のように、いろいろな人を登場させてほしいです。
 ドラマの出産シーンも、ほとんどが経腟分娩で妊婦さんが「うーん!」と。でも実際は、5人に1人が帝王切開です。ドラマのように危機的状況の手術より、予定どおりの普通の帝王切開の方が多いのに、そうやって生まれてくる子のドラマはほとんど見かけません。当たり前にいろいろな人を出してほしいというのは、ものづくりをする人に強く思うところです。

―遅ればせながら広告の世界もそういったことを意識するようになってきました。それでも15秒30秒のなかでパッと見ている人に状況を想像させるために、ステレオタイプの方が効率がいいというのはあったのだと思います。最近では逆に、それとは違う表現でうまく伝わるといいバズり方をすることもあります。徐々にそういう方に向いてはいます。

 以前、貝印の「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャンペーンを見ました。剃刀メーカーなんだからみんなに剃ってもらった方が利益につながるのに、剃るプレッシャーをかける方にのっかるのではなく、自分で決めていいんですよと社会にメッセージを出した。私の周りでも「剃刀を買うなら貝印だね」と言っている人を多く見かけました。
 これまでの社会のステレオタイプを強化することに加担していないかということに一度思いをはせてみて、子どもたちがより生きやすい社会、多くの人が安心して暮らす社会のために自分が残したいメッセージは何かとということに、大人たちは真摯に向き合ってほしいという願いがあります。