これからのACCアワードの形
―来年リアルでイベントが開催できるとしたら、どうしたいですか?
佐々木:リアルであれば並列でいろいろなセッションを走らせられると想定していました。「こんな場合のマーケティングは」とか「こういう時のデザインってなんだろう」といった、カンヌのセミナーのように学びになるような話、広告主からの話、ほかの業界からの話、いろいろできたんじゃないかと思うんですね。まあ来年プロデュースするのかわからないのに言っていますけど(笑)。
松井美樹 氏
松井:「広告業界」とはいえ、ACCはクライアントすら巻き込めていないんじゃないかと話していたんです。要は、「広告会社業界」の小さな会。それでは交差点としての位置づけが弱いんですよね。第一のフェーズに、クライアントの方々に積極的に参加してもらうというのがありました。第二フェーズには、テクノロジーベンチャーやプラットフォーマーのような、クリエイティビティの広がりが見える人たちに参加していただきたい。本当は学生の参加までイメージしていたんです。今年すべてはできなかったけど、第一フェーズはクリアしたかなと思っています。
―審査委員長トークセッションの中で、クリエイティブイノベーション部門の米澤さんが審査のダイバーシティに関して提言されていましたね。今後進めていく方向でしょうか。
佐々木:これだけややこしい課題がさまざまある中、いろいろな視点を持たなければ動くことができません。日本はどうしても、特にこの業界は男女比が変なので、米澤さんに声を上げてもらって非常によかったと思います。カンヌですら審査委員長の男女比がやっと半々になったくらいですもんね。男女比だけでなく、国やディスアビリティの有無なども含めて考えないと、課題解決産業としては不健全です。ただ、専門性が低くなってはいけない。
松井:ひとつの会社の中でも、リーダーシップをとって発言する人は固定化しちゃうんですよね。それだと進化がなくなってしまう。若手にチャンスを!となってもレベルは下げられない。ただ、「この人には早いかな」という人に渡したらグッと伸びる可能性もあるから、バランスが重要なんでしょうね。
佐々木:選ぶのは大変だけど、できるはずです。
世界のクリエイティブの現状
―佐々木さんのオープニングキーノートでは、世界のクリエイターからのメッセージに応援されました。
佐々木:いかに自分のしゃべる分を少なくするかと(笑)、世界の友達にしゃべってもらいました。それで、世界中が同じレベルで同じ問題に悩んでいるということがわかりました。表面的な表現ではなく、この企業が何をしようとしているのかちゃんと伝えよう、そこにクリエイターが入らなければだめだろうと。自分たちも同じことを考えていましたから、いろいろな人の話を聞けてよかったです。
松井:感動しましたよ。日本ってどこか特殊でクリエイティビティの在り方やオーディエンス特性が違うと言われてきましたけど、そういうのも終わる時代だなと聞いていて感じました。そしてACCが世界とのつながりのきっかけになればと思っていたので、素晴らしいキーノートでした。審査委員にも今よりさらに外国の見地を持った方が入ってくると、日本と世界のクリエイティビティがつながるのかな。
山本:デザイン部門の審査には建築家のアストリッド・クラインさんが入っていて、明らかに日本人とダイバーシティの捉え方が違いました。とても刺激になって。男女比のことはもちろん、いろいろな国の人たちが入れば見方が広がり、気づきをもらえるだろうと思います。審査は「人の作品を選ぶ」という上から目線の態度だけではなく、そこから時代として何を学び、どう人々に波及させるかという役割を持っていると思います。もっと多様性を持たせるべきですね。ただ言語のハードルがありますけれど。
―メッセージにあったこと以外で、世界の状況で見えていることが何かありますか。
佐々木:僕も世界のすべてをウォッチしているわけではないですが、日本のほうがコロナ対応のアイデアをたくさん出している気がします。それぐらい、世界の企業も切羽詰まっていて、まだ解決方法を模索している。ACCのブランデッド・コミュニケーション部門を見ていると日本はいち早く「みんなが参加できる何かを」「新しい試みを」と動いているように思います。でも同じように世界でもがんばっていますよね。
山本:マーケティングの業界で見ると、どこの企業も苦しんでいて、CEOとCXOは何をすべきかみたいな問いかけの議論が多いですね。企業は資本主義から離れて社会の中での存在意義を見つめ直さなければ、という矢先のコロナでした。人を切らなきゃいけなくなるとか、経営者にとって非常にシビアな状況。今後クリエイティブにお金がいかないということが出てくるでしょう。広告というより、コーポレートのコミュニケーションをどうお客様に訴えるかというところがクリエイティブの発揮ポイントになると思います。
クリエイティブの変わること、変わらないこと
佐々木:表面的なおもしろいことをしても動かなくなっている中、クリエイティブが企業やブランドの本質的な課題に入っていかないとワークしづらくなっていく。その枠に入っていく仕事に変わったと感じます。ただ、僕らはコンサルではなくクリエイティブなので、課題を効率的に解くとか小難しく解くというのは求められていない。とことんおもしろかったり、ちょっとしたことだけど世界中がワッと驚く方法で解く、という点では以前と変わりません。課題が難しくなると難しく解きがちなんですけどね、そこだけ気をつけなきゃ。
松井:昔はなんであんなにCM中心だったんだろうと考えると、やっぱり効果があったからなんですよね。効果は、クリエイティビティがクリエイティビティであり続けるための証だと思うんです。だから成果を出すということには、昔以上にしっかりコミットしなければいけない時代。結果の出し方がめちゃくちゃ多様になっているから混乱している可能性もあるんですけど。出し方は「日興フロッギー」「チンアナゴ顔見せ祭り!」「Netflix人間まるだし。」など本当に多様。だから今こそ、僕らの業界はなんでもやれる結果を出せるクリエイターを育てなければいけない。育て方や学びの場をつくっていくことが、時代のテーマなのかな。クロスしながらクリエイティブのレベルを高めていく、その装置をつくることが課題です。
―今回のクリエイティブクロッシングも、勉強になりました。
山本:コロナで加速しましたが、そもそも今直面していることは少なからず近い未来に起きることでした。生活者も含めてひとり一人が自分に向き合って考える時間ができた中で、より「ESG」「サステナビリティ」の意味合いを深めていくのではないかと思います。テスラのイーロン・マスクが「地球の環境を救わないと人間が住めなくなる。火星に行くロケットを開発する」と言った時に、夢のある話と捉えるのか、人間たちが環境を整えなければいけないと捉えるのか。この言葉に「火星だ!」と未来を感じた人々にとってコロナは、「これからむしろ自然や社会との共生を考えなければ」というサステナビリティを定着させたのではと思っています。デザイナーだからこれをつくるとか、マーケッターだからこのプランを立てるとか、そういうことではないフレームレスな時代に、同じ事柄の本質を見抜いて、生活者としてよりよくありたいという視点を持って、全員がクリエイティビティを携えていかなければいけない。テレビCMだけとかパッケージだけとサイロ化すると、視野を狭くして世の中を見る目を損ねてしまいます。このクリエイティブクロッシングを見るだけでも視野が広くなりますよね。クリエイターには見てほしい。
そして最終的にクリエイターの目指すことが、“人々が心豊かに仲良く暮らせる社会をつくろう”とすることなのだとすれば、クリエイターの位置づけはなんなのだろうかと今みなさん考えているんじゃないでしょうか。2011年の震災でも、自分たちにできることは何かとクリエイターの方々は悩んでいました。ニューヨークにいた時に9.11があったのですが、坂本龍一さんが「音楽だけでは解決できない」と様々な活動を始めていた。芸術やデザインには、本当は何かできる力があるはずなのに、その時最初にできる直接的な解決策を学んでいなかった。こういった災厄で社会課題はあらわになって、クリエイターはそこをリードできると思うんです。今年のこのアワードは、多くの人が見ることでよりよい社会に導かれるようなものであると感じますし、そうあるべきではないかと。
松井:社会をよくする活動は、かつては企業が税金のような感覚で「こういうことしてます」とアピールする側面もありました。それが、本格的に主戦場になるんだろうなと感じます。社会問題が噴出して、日本が経済成長できないでいる中で、そこを解決する活動が待ったなしだし、ブランドイメージを左右するものにもなる。ここにクリエイティビティを投入しなければいけない。今日本が「できていない」ことは、1つは儲けながら社会をよくするサステナブルな仕組み。献身だけでは続けられませんから。もう1つは、インクリュージョンの理解。未だにジェンダー問題や人種差別が日本にはないと思っている人が、大勢いるんです。それらを乗り越えれば経済が活性化するという思考回路ができていけばと感じます。この5年で大きく進展すると予想しているのですが。
―この「ACCtion!」も、読んだ人に行動を起こしてもらえるようにという編集方針です。特に若い人たちに、一言いただけますか?
佐々木:先輩なんか気にせず好きなことやりなさい、ですね。みんな世渡り上手で、常に先輩の顔色伺いながらやっていますけど、その必要はない。今は「前例」に頼れない時代。好きなことやらないと、そこからしか次が生まれてこない。
松井:ちょっと違和感を感じるくらいの人と組んだほうがいいですよ。僕は初め小さな村にいましたが、出れば出るだけ「この人違和感あるな」という出会いがある。その数だけ成長できると思うんです。同じ種族で固まって、上の世代と組もうとしない若手が多い。偉そうにされたくないんだと思うんですけど、自分がリードしたらいいと思うんですよね。ちょっと距離のある人と組む経験、境界を超える経験を早くにしたほうがいい。
山本:「顔色伺うな」「境界を超えろ」……おふたりは若い人を割と“おとなしい”と見ているんですね。
松井:たくましい人もいますけどね。
佐々木:おとなしいというか、上手なんですよね。先輩に怒られないようにやろうというのが。それがうまく働いていない気がする。
山本:みんな賢いんですよね。私たちの世代と圧倒的に知的レベルが違うし、情報通だし、要領もいい。「リードしてよ」っていう気持ちなんです。スーパーフラットな環境でダイバーシティも彼らにつくってほしいのですが、どこか待ちな姿勢も見られる。自分のやりたいことをやったらいいと思うんですよね。今、リバースメンタリングを始めています。上司や先輩たちを、若い子が教育する。ITリテラシーから始まり、学ぶことが多いんですよ。偉そうな人が偉そうに教わっていてはダメで、逆の立場をロールモデルでつくります。するとお互いの苦労がわかるし、おもしろいんですよね。
専門性の高い若い人には、リーダーシップを取ろうという意思と自信が見えます。だからアクションを起こしてほしい。リーダーシップはリーダーが発揮するものと思っているようだけど、ひとり一人が発揮するもの。自分が解決したい、乗り越えたいという気持ちのある人でなければ物事の変革は行えないので、その気持ちを持って前に進んでほしいと思います。
―本日はありがとうございました!