PRの技術がより重要となる時代に
新設のPR部門 審査委員対談
昨年までブランデッド・コミュニケーション部門にあった「PRカテゴリー」が、「PR部門」として独立します。その背景と、どのような活動が募集の対象となるのか。PRパーソンの重要性と目指すところ、今後とくに注目されるPRのジャンル等について、審査委員長の眞野氏と、部門立ち上げに関わった審査委員の嶋氏が対談しました。
■審査委員長:眞野 昌子 氏(日本マクドナルド 広報部 部長)
■審査委員:嶋 浩一郎 氏(博報堂 執行役員/博報堂ケトル クリエイティブディレクター)
企業活動、地域課題に役立つ
PRの「これは」な技を言語化
眞野: PRの仕事が、ほかの多様なクリエイティビティとならんで賞されることになったのは、本当に素晴らしいことだと感じています。広告の賞は業界の中で価値が認められていて、それを目指すクリエイターの方も多いかと思うのですが、PRの賞となるととても少なかったので。PRのアプローチというのは、実は非常に多岐に渡っています。この分野で腕を磨いている人はたくさんいるのに、これまで披露する場があまりありませんでした。
嶋:PRには合意形成のためのたくさんの技があります。プレスツアー、記者との懇談会、新商品キャラバン、トップとメディアの取材設定など。そういったパブリシティ(公衆への情報発信手法)獲得の手段のほかにも、学会や自治体を巻き込む方法もあります。
眞野:さまざまな手法の中でも、「これは!」という技術を言語化することで、ほかの人もそのナレッジを使って進化していけますよね。自分の提供するサービスや商品が世の中をどう変えるかを考えなくてはならない時代ですから、PRのスキルやセンスはPRパーソンだけではなく、経営者やブランドマネージャーにとっても必要になってきます。PRは企業活動、自治体の課題解決など、幅広く役立つとても重要なジャンルです。
嶋:とはいえ、これまであまりその技術が言語化されてきませんでした。
眞野:PRの人は、自分のPRは意外と上手じゃないから(笑)。自分以外の人を出すのが仕事なので、なかなか自分が前に出ないんですよね。「ああこの人が輝いて嬉しい、みんなによさが伝わってよかった」で満足しちゃうので。だから、工夫や努力が外から見えにくいんです。
特に規模の大きい会社では、広報への配属が社内でのローテーションに組まれていることもままあります。そうなると、PRがプロのスキルとして扱われにくいという課題があると思います。エキスパートというより、「今度異動で広報になりました」という感じで、またしばらくすると去って行ってしまう。賞をきっかけに、いかに専門性がある役割かということをわかってもらえるようになったらいいなと感じます。
PRは精緻な戦略に
基づいて行なわれる専門分野
眞野:メディアリレーションズと一言でいっても、会社としての姿勢を記者にどう話すかで、受ける印象や、出てくる記事が変わってきます。私たちのように一般の消費者がお客様の会社は、ネットニュースにおいてどの角度で表現されるかということが非常に重要です。今、「広報が専門性をもってちゃんと対応するのでお任せください」と言うことが、本当に大事な局面。当社はいろいろな経験をしながら学んだことが多くあり、任せていただけていることをありがたく感じています。
記者のみなさんと話すときには、専門性と戦略性が必要ですよ。
嶋:すごくわかります。PRはメディアといった第三者に解読・発信してもらうことが大切で、そこに大きな価値があるんですよね。「自分で言っているわけではなく、新聞というメディアが世の中にとって価値のある情報と認めるから掲載される。専門家の発言も同じです。そして、多くのニュースの中からテレビがその情報を選んで報道する」ということに大きな意味がある。情報に客観性をもたらすし、人の物差しを経て評価されるので意味があります。
でも、裏方に回るからこそ、世の中からPRパーソンが何をしているのか見えにくいという面がありますね。
眞野:「広報部って何やってるの?」「リリースを書く人でしょ」というように。ここに光をあてて、その精緻なメカニズムや作業を言語化し、技術などのすばらしさを審査したい。
嶋:ACCにはいろいろな部門がありますけど、それぞれのプロフェッショナリズムバリューを上げていくということがとても大切です。
PRパーソンからスターを出したい!
眞野:近年増加しているスタートアップでは、広報の重要性に気づいている方も多いけれど、“ひとり広報”の状態で孤独に悩まれている人も多いんですよね。そういう方たちに向けて、賞を通じてナレッジを言語化するということが必要です。
嶋:消費者だけでなく、メディア、株主、従業員、自治体、競合企業、監督官庁など、企業活動をしていくうえでケアをする相手がたくさんいます。利害関係も複雑化しているなかで、そこに立ち向かっているのがPRパーソンです。見えないところで活躍していますよね、PRパーソン。なのに「黒子の美学」みたいなものもあって、表に出ないことが多かった。
眞野:本当にそうです。一方だけ見ていてはだめで、いろいろな視点で考えなくてはならない。守りに入っているように見えてしまうことも多いのですが、実は立ち向かっている。かっこいいんです。
審査では、合意形成の技をしっかりと称賛し、PRパーソンのスターを出したいと願っています。審査基準で特に大事なところは、やはりクリエイティビティです。「合意形成を進めるプロセスにおいて、どれだけPRパーソンがクリエイティビティを発揮したか」というところ。
嶋:広告と比べると定型がないですよね。やり方が自由。新しい価値、新しいライフスタイル、新しい当たり前をどのように世の中にもたらすかが決められていない。だからこそ、たくさん技が繰り出されるんだと思います。カンヌライオンズのPRカテゴリーを見ていると、なるほどその手があったか、すごい、と感じるものがたくさんある。
つい、「地球温暖化のために!」とまじめに語ってしまったりするけれど、それではなかなか人が動きません。そこに驚きや、「そう言われるとやっちゃうな」という見事なやり方があるといいんですよね。
眞野:まずは、聞いてもらえる話題にする、その場をつくるということからクリエイティビティを発揮する必要があります。とても幅が広くて、簡単なことではないですよね。あとは、いかに社内を巻き込むか。ほかの部門と一緒にやれるか。そういうところから、すべてがクリエイティブだと思います。
誰に何をしゃべらせるかと、その辺りの設計も大事です。そして一発花火ではなく、中長期的に心に刺さるもの。伝えたい人に残るかたちがあるといいですよね。審査では、数値的に結果がドーンと出ましたということだけでなく、“トライした”ということも評価したいと思っています。応募した活動が、そのときはまだかもしれないけれど、数年後に世の中の当たり前になっているようなら理想です。
嶋:大きい問題であればあるほど、世の中が変わるのは難しいわけですからね。道半ばの仕事についてもしっかり評価したいですね。ハードルの高さをわかったうえで、ここまでは行けたんだというところを。「今の仕組みや考え方がダメかも」と人々に気づかせること自体が、難しいことですから。
眞野:何にチャレンジしたかによりますからね。ジェンダーダイバーシティなど、時間をかけても、なかなか大きくは変わらない社会課題です。
嶋:自分が慣れ親しんだ価値観や既成概念を捨てて、新しくするのは難しい。新しいライフスタイルに向かわせるためには、人間の心理を知らないと不可能ですから。広告もPRも、コミュニケーションを生業とするならもっと人のことを研究しなければいけませんね。仕事のできるPRパーソンは、人間の心理に詳しいですよ。
眞野:思いが伝わるからこそ人を動かすことができる。そこが垣間見える仕事が応募されてきたら嬉しいですね。