~クリエイターわらしべ物語~
既成概念をずらす
―ここ10年、CMが一般の人の間で話題になることが少なかったでしょう。でも今、みんな「三太郎」がおもしろいと言いますもんね。
この仕事は、「家庭教師のトライ」をやっていた時に、一緒だった篠原さんに相談されたのが発端だったんです。編集終わりで帰ろうとしていたら、篠原さんが一緒にやってほしい仕事があるんだけど、と。え~っ!携帯会社ですか!?大変そう!無理だろ!?みたいな感じでした。
シリーズ立ち上がりの3本は緊張しましたよ。あの3人がただダベッてるだけの企画だったので、作っていて「これ本当におもしろいの?」と何度も自問自答しました。
携帯会社は出稿量が多いから、うまくいけば目立つかもと。出稿量に勝るものはないんですよね。はじめは半年持たせようと言っていたのが、1年続き、浦ちゃんの歌が紅白に出場し……。3人の役者も最初はどうなるかなと思ったけど、本当に役にハマって。役者さんは本当にすごいと思いました。
浦ちゃん役の桐谷健太さんに最初お会いして「どういう役でいきましょうか」と聞かれたときに、「少しおバカな、でもとってもピュアな漁師で」と話したら「わかりました」と。それで、あれですもん。すごい解釈の仕方だな、と感じました。
ブランドスローガンが「あたらしい自由。」ですから、キャラクターを既成概念とずらさなければと思ったんですよね。桃太郎にしても、ただかっこいいとは違って、なんかヒーローっぽくなくて一歩引いてる性格。金太郎は力持ちでもなければ、強くもなくて泣き虫。逆に行くことが今っぽくて新しい、ダベッてるだけでおもしろい。キャラ設定が決まっていくと、役者さんも演じやすいみたいです。乙ちゃんはドSだし、かぐちゃんはかわいらしいけど、少しいじわる。
ただ、携帯のサービスを言わなくてはならないのでプランナーは大変だと思います。
―auにトライに、ほかにもいろいろ。PM時代と変わらないくらいお忙しいでしょう。
変わらないですね。でも充実感がありますし、苦にはならないんですよね。auのチームは、CMに人気が出て、役者もすごく積極的に「どうすればおもしろいか」に取り組んでくれる。クライアント、クリエイティブ、役者、スタッフすべての信頼関係が成り立っていて、誰も足を引っ張る人がいないんです。
CMはやっぱりすごい
―長物にも挑戦されていますね。一昨年ACCゴールドを獲った「タイムスリップ!堀部安兵衛」は30分の作品でした。
髙崎卓馬さんが「企業ブランディングなのだけどエンターテイメント性の高い長尺映像を作りたい」とおっしゃって。ただ、初めはそれがどういうことかさっぱり意味がわからなくて(笑)。大きな波に身を任せるだけだな、と。いつもCMを作っている短い感覚とは違い長尺になるので映画のスタッフも交えて10日間くらい撮影しました。CMとはまったく別物ですごく勉強になりました。通常、15秒・30秒のCMだとブツ切れの芝居なんですよね。でも長いと、掛け合いが増えたり表情が出たりする。CMでも長く回して編集するとか、取り入れられることがありすごく勉強になりました。15秒でおもしろくする技術というのは相当なものだと思いますが、やはり限界があるんですよね。次は映画を撮ってみたいとも思いました。
―おっ、どんな映画を?
できたらウディ・アレン、コーエン兄弟のように、ウィットなエンターテインメント性のあるもの。やっぱりおもしろいものをやってみたいです。日常がつらいのに映画の中でまでつらいのは嫌じゃないですか(笑)。
とはいえ、やっぱり僕はすごくCMが好きなんです。鳥取という田舎で育っているからか、CMは地方まで届くという実感がある。映画は、例えば「君の名は。」くらいよほどの大ヒットにならない限り一部の人しか見ていないじゃないですか。ウェブも意外と、決まった人しか見ていなくて狭い。でもCMは島のお年寄りの方でも知っている。広く告げるものと書いて広告ですけど、CMはやっぱりすごいですよ。
―広告業界の若者に助言があれば。
CMに限らず、ウェブでもロゴでもなんでもいいから「隣近所のおばちゃんが知っているもの」を作っていくことが大切だと思っています。僕、もともとは“メジャーでベタなもの”がなんか恥ずかしいという人間でした。若い頃、くすぶっていた時代は隅っこばかりをほじっていた。正月に実家に帰省して、仕事の話を両親にするんですがどの作品も親は知らなくて。正月からガックリみたいな経験をたくさんしてきました。自分は一年間なにをしてきたんだろうと。
せっかく寝ずにがんばって働いているんだから、やる価値のある、世の中を動かすものを作りたい。どうやって目立つか、少ないチャンスをいかにものにするかを毎日模索していました。
―自作映像を会社に送ったり、実家のCMを作って賞を狙ったりと、実はかなり戦略的にステップアップしてますもんね。
いや~、最初から「これはチャンスだ!」と思う仕事なんて、100%ないですよ!auもチャンスだなんて最初はまったく思えなかった。大舞台だけにミスったら大ごとで、ピンチだなと思ったくらいです。企画を見ただけの時点でおもしろい企画なんて見たことありませんから。まいったな~、大丈夫かな~、またピンチだよ~の連続。でも、どこかで引っかかるところがあるんですよね。
浜崎慎治(はまさきしんじ)プロフィール
WONDER CLUB ディレクター
1976年、鳥取県生まれ。2002年にティー・ワイ・オー入社。2013年よりフリーランスに。
主な仕事にKDDI au「三太郎」シリーズ、三井のリハウス「おばあちゃんの家」、日野自動車デュトロ、家庭教師のトライ、教えてトライさんシリーズなどがある。
ACC、TCC、広告電通賞など受賞歴多数。