ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSについてのお問い合わせ
【CM情報センター】CMの二次利用についてのお問い合わせ

現在、電話・FAXでの受付を停止しております。
詳細は、「CM情報センター」ホームページをご確認ください。

刊行物

TOP > 刊行物 > ACC会報「ACCtion!」 > あの人が今


~クリエイターわらしべ物語~

思考だけではたどり着けないところ

 たまに、思考だけではたどり着けないところに行けることがあるんです。そういうコピーは、いいんですよ。でも、なぜそれが生まれたのかはわからない。コツコツうじうじ考えていたら、知らない間に新しい扉を開いたような感覚です。プロである以上、一定のクオリティのモノは量産できるけれど、それを超えて世の中と手を握れるようなものが、数年に一度あるかないかですけど、出てくる。それは戦略に乗っていながら、プロモーションを超えたところでグッとくるようなものなんです。ここにたどり着く道を覚えたいなあ。子どもの頃の一回行った公園にたどり着けないような感覚に近いです。

―“経験”にどう向き合っていますか? あの感情の幅の広さや豊かさはいったい。

 普通だと思いますよ。ただ、くだらないことをもぐもぐ考え続けるクセはあります。街を歩いていて、ふと見たことについてずーっともぐもぐ。どうでもいいことすぎて、人に話そうとすると「また何か言ってるよ」と聞いてもらえないレベルの。これは仕事のためというのではなくて、趣味ですね。勝手に仮説を考える癖がついています。
 最近考えたのは、若者の言葉について。今のデジタル環境って、自分が若者だった20年前とはまったく違いますよね。どう接しているのか深くはもうわかりませんよ。言葉も、「やばみ」とか「草」とか、上辺の意味は知っていても使うことはできません。もし使ったら、彼らから不快に思われるでしょうね。もうそこはすっぱりあきらめて、自分の持っているやり方で届けられたらと思っているんです。別に嘆いているわけではなくて、私たちが若い頃にも独自のJK用語があった。それってきっと行動に制限があって、お金もないから、言葉で自由になろうとしたり、世代の横のつながりを感じようとしているんじゃないかと。そんなことをもぐもぐ考えているわけです。

 それから、最近ようやくこう言えるようになったんですけど、余計なことを考えるというのは大切ですね。時に、1本のコピーを書くのに無駄に時間がかかることがあるんです。3分考えたら、もう集中が切れる。ひどいとその後2時間半ネットを見たり、関係ないことをもぐもぐ考えたりしてしまう。「今日はもう思いつかないだろうな」と感じていても、できていないから飲みに行くわけにもいかないし。ただ、その2時間半で広げた回路や、拾ったガラクタは、その仕事には活きなくても別の仕事の栄養になったりもするわけです。と、自分の正当化のために思う。

独立と、これから

―昨年Tangを設立されました。独立の理由は。

 うーん、大きく見れば、理由はないんです。ただ、表現をがんばろうというところです。会社にいると競合に呼ばれますよね。その打席がある時点で、恵まれたことなんです。ルミネも、私以前の方の仕事からつながれてきている仕事。私がクビになっても、営業はクビになれません。表現の優先順位にちゃんと責任を持てるようにがんばろうというのはあります。

―今後やってみたい仕事はありますか。

 うーん、これも……とくにはないんです。ただ最近、横浜にある女子高の校歌を作詞するという仕事をしました。初めての経験ですし、これからの女性がどう育っていくかを考える難しくもやりがいのある仕事でした。
 ひとつ残念だったのが、お披露目の入学式にせっかく呼んでいただいたのを、辞退したこと。広告の人間を前面に押し出すと、何か思う人もいるだろうと考えたからです。生徒さんの反応を直に見てみたかった思いはありますが、広告の文化的な位置づけが、微妙な立ち位置にある。

2019年 Netflixの恋愛作品の60秒CM
YOUに特殊メイクをして恋愛遍歴と映画を重ねていく企画

 広告ってみんな下心です。昔はそこを隠すのが知性でしたけど、今は前面に出している。せめて出る時に、企業のエゴだけに終わらないようにと心掛けてはいるんですけど。……私が古いのかもしれないですね。うまく伝われば、下心とわかっていても伝えられる側も気持ちよく受け取れるんです。そこまで行ければあっぱれですが、捉え方は人によるのでやっぱりわからないんですよ。
 マスメディアを使う以上は、それだけの力を持つ者として社会的責任が伴うと考えています。お金を払えば何をやってもいいとなってしまうと、どんなにつまらないものでも目に入れるしかない。それは乱暴だと思うんですよね。だからせめて自分がつくるものは、見る人を不快にするようなものにはすまいと。最近手掛けたのでいうと、Netflixの「素晴らしきかな、恋多き人生 feat.YOU」は、ただコンテンツを並べて見せるだけでは一方的になってしまうと考えて。恋愛映画のコンテンツを紹介するのが目的なんですけど、見る人との間に「恋という体験の味わい」をつくれないかと思いました。キラキラした気持ちを思い出したり、たとえ自分のクソみたいだった恋愛でも振り返ればちょっとよかったのかなと、見る人が自分に置き換えられるようなムービーを目指しました。文化をつくるなんて大きいことではないけれど、広告を目にした人が温かい気持ちになったり、キレイだなと思えたり、なんらかのプラスに働けるようにということはいつも思うんです。

text:矢島 史  photo:櫻谷 一樹

尾形 真理子(おがた まりこ)プロフィール

コピーライター/クリエイティブディレクター
1978年東京都生まれ。2001年博報堂入社。LUMINEをはじめ、資生堂、Tiffany&Co.、キリンビール、NETFLIX、FUJITSUなど多くの企業広告を手がける。朝日広告賞グランプリ、ACC賞ゴールド、TCC賞など受賞多数。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(幻冬舎)で小説デビュー。その他、歌詞の提供やコラムの執筆など活躍の場を広げる。