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多様性とどう向き合うか

―最近のように多様化が進むと「住民」と一言で括れなくなります。「正義」や「幸せ」の定義が難しくなるのでは?

地域における価値観の多元化や多様化というのは、阪神淡路大震災の頃あたりから言われ始めていました。現場に行けば違う価値観の人たちがいて、違うことをやりたいと言うんです。違う価値観を持つ人同士の齟齬をどう決着するか、それも含めて、デザインの仕事です。
そのためには合意形成や相互了解をどう取り付けるかという、次元の違う技術や方法の開拓が必要になります。一人ひとりの主体形成と、グループとしてのチームビルディングをどうするか。チームの活動が多様に現われた時に、全体の活動の総体が課題解決やビジョンに沿う形で調和的に連携できるか、少なくとも共存できるかということです。階層の違うコミュニティデザインのワークが必要と考えています。

 社会的な対立が激しいアメリカでは、合意形成や紛争調整を政治学ではなく都市計画の専門家が学問としてつくっているんです。60年代後半から都市で暴動が繰り返し起きたのは、マイノリティを都市政策の中にインクルージョンできていなかったからです。アメリカで都市政策の立案にかかわっていたのは都市計画家で、日本でいうと「まちづくりの専門家」ということになります。アメリカとは文脈の違う日本で合意形成や相互了解、どう互いの存在を認め合うところにたどりつくのかが大切なポイントです。

 僕の学生時代には、都心に住む人がどんどん減って、千代田区から人がいなくなると言われていました。現在、住む人が増えたのは「都心に住む」ことがソリューションとして広く認識されたからです。もちろん建設産業や鉄鋼産業、広告産業などがビジネスのために協力してマーケットを切り拓いたこともありますが。新しい暮らし方、働く場所、そういったものを社会に提案できるかどうかは、まちづくりのチャレンジでもあるのです。
 こうしたモデル事例を生み出すことは、コミュニティデザインの大きなターゲットです。ローカルに展開すれば違うものに変わっては行くけれど、大きく目指す地域の将来像をどう描くかということにはチャレンジしなければならない。今までにないような新しい地域の社会像、未来像をどう描くか。それは大きな目標です。

―コミュニティデザインの成果はどのように評価されるのでしょう。やはり住人の満足度なのででしょうか。

 学術的にはとても難しい話です。というのも、3年で終わるような仕事ではない。10年20年という長いスパンで成果が生まれてくるものです。専門家の関わる3年はスタートに過ぎない。
 ただ、専門家は3年とか5年を一区切りとして、「自走できる」を目指すことが多いです。

多主体共創プロセス

―著書のなかで書かれている「多主体共創プロセス」について教えてください。

 多主体共創プロセスは、新しいスタイルのまちづくり、新しいコミュニティデザインのアプローチです。ローカルプレイヤーをいかに発見して、外部のコミュニティデザイナーやファシリテーターがそれをどうエンカレッジするか。課題を共有化し、共通の目標に向かう複数グループが取り組めるようフレームワークをつくることがテーマとなります。
 最近増えてきたのは「大手企業・大手デベロッパーとの地域づくり」です。何かしらの狙いを持って入ってくる企業がローカルアクターと一緒に課題解決へのアクションを行なうので、具体的取り組みが相当違ってきます。企業、大学、教育機関、社会福祉系事業者、地域包括ケア拠点など、色々なアクターと協業する必要が生まれ、そこに不動産会社や通信事業者、電機メーカーなど外から応援する人たちも多様です。特に少子高齢化が深刻な地域では、ローカルな資源だけでは活動が難しい場合が多い。外から応援してくれる企業、福祉、アートなど様々な人々と手を結ばないと解決できません。

 「3年で結果を出して」、場合によっては「1年で見極めて」などスピード感も価値観も違うのが企業のスタンスですが、企業の力はすごく大きいのです。ローカルなステークホルダーを成長させたり、新しい機会をつくる可能性があります。お互いのリソースを持ち寄ることで新しい取り組みを生み出せる可能性があります。こうしたことに名前をつけたのが、「多主体共創プロセス」です。現在取り組んでいるたまプラーザ郊外住宅地の再生や渋谷未来デザインは、マルチのステークホルダーと課題を共有しながら、そうした連携体でいろいろとチャレンジしています。

渋谷に集う多様な人々のアイデアや才能を領域を越えて収集し、オープンイノベーションにより社会的課題の解決策と可能性をデザインする産官学民連携組織の代表理事を務める。多主体が連携したまちづくりプロジェクトの実践により、世界の未来をつくるイノベーション・ハブを目指す。

東京はイノベーションを生み出せるか

―シアトル(スターバックス)やポートランド(ナイキ)など、アメリカには豊かな地域性とそこに根差した企業・産業の創発が見られます。それに比べると一極集中型の東京から、新しいイノベーションは生まれるのでしょうか。

 そうですね。日本に優秀な人材はたくさんいるけど、東京に集めすぎていると思います。友人がサッカーに例えてこう言っていました。「サッカーのフィールドは11人同士がちょうどいい規模感で、一人ひとりが技術を発揮できる設定になっている」と。ところが今の東京は20人対20人のサッカーのようだと。例えメッシがその中にいたとしても輝けないでしょうね。世界のクリエイティブな街は、規模感がちょうどいい。11人同士ならいろんな資源にたどり着けるし、いろんなパスが回ってきますから。

 高度成長期までの日本では、イノベーションの拠点が比較的地方にあり、研究所や工場が適度に地方に分散していました。知識型の社会に移行していく過程で集中させず、地方に分散的な政策をとっていれば、今のようなじり貧の経済にはなっていなかったかもしれません。
 満員電車で毎日ギュウギュウになって通勤させられて、会社でもたくさんの人に会って、街にも人が溢れていて…。そこを行き来している人から独創的で破壊的なアイデアが生まれて、「よし、やろう!」なんて無理だと思いますよ。

―東京でも、満員電車には乗らない人たちもいます。例えば都心の高層マンションに住むヒルズ族と言われる人々からイノベーションが生まれる、という期待はできないでしょうか。

 生まれるかなあ。高層マンションでは散歩にすぐ出る気が起きないだろうし、自然環境にアクセスしないでどうやってクリエイティブな発想にアクセスするかというと…。人間の生活パターンから言うと、接地性は大事なんです。パッと重要なことを思いついたりするのは、豊かな環境の中だと思うんですよ。自然にリーチできてリラックスできるとか、瞑想にふけることができるとか、そういった環境でクリエイティブは生まれると思います。はみ出す人がいるとすれば、それは地方から出てきた人じゃないですか。革新的なアイデアは東京以外の所から生まれてくる。それが東京の資金と結びついて、東京で成長するということはあるでしょうが。

 もうひとつは、いろいろな人がクリエイティブなことにチャレンジできる環境が大事だと思うんです。つまり、家賃が非常に高い環境からは難しい。これまでイノベーションが生まれてきたのは、ある程度マスを持った都市のフリンジからです。郊外の住宅地のガレージとか、大学の寮とか、学生のたまり場から。家賃も生活費も安い所に住む若者からです。魅力的なダウンタウンと、環境のいいフリンジ、そんな絶妙なバランスにあるのがシアトルやポートランドなんです。これらの都市圏は、せいぜい100万人から300万人の規模です。

広告界に何を期待するか

―広告業界の人間から見ると、コミュニティデザインや地方創生といった領域は周辺に広がる豊かな裾野に見えています。広告業界に望むことはとは何ですか。

 広告会社の方と地域づくりを一緒にやる例がとても増えています。「多主体共創」のまちづくりは様々なステークホルダーでチームをつくるので、いろいろな業界とネットワークを持つ広告会社は、力を発揮できる可能性があります。そういう意味で、重要なパートナーになるのでは、という期待があります。
 今おつき合いのある方々は、一度関わったらボランタリーにでも継続して地域再生を見届けたいという方が多く、とてもありがたいですし、一緒にやっていて楽しいです。

 ただこれからビジネスとしてどうやって回すか、という問いはある。今はSDGsで取り組まなければならないテーマとしてモデル的に関わっている状態ですが、それを発展させて定着させるには企業にもメリットが必要です。社会的な活動が評価されて企業の事業を進めやすくできるような社会の仕組みとして、どうデザインするか。そこで新しいお金の取り方や回し方を構想して、つくりあげていくことが、いま広告業界の人にとって大切かもしれません。それは、我々にも課せられている問いでもあります。

―最後にお聞きします。記憶に残っているCMは何ですか?

 日本の広告、テレビCMは海外のものより絶対オモシロイですよね。

―それは意外です。例えばですが、日本のCMは海外では理解されにくく、広告賞でも評価されにくいんです。ロジカルではないから。

 日本のアニメも昔は全然評価されなかったけど、今は世界的に評価されていますよ。それと似たところはないですか?ロジカルではなくてもオモシロイというような。アイデア一本で勝負しているような、いろいろな豊かさを感じます。個人的におつき合いのある多田琢さんのCMとか…。
 印象に残っているのは昔の一連のパルコのテレビCMです。当時はああいうものがなかったから、横並びで見た時の新鮮さがありました。多分パルコにおもしろい人がいっぱいいたんだろうな。クライアントとクリエイターでとてもいい共創ができていたのだと想像できます。理屈じゃないところがオモシロイ。

インタビュアー:丸山 顕
執筆協力:矢島 史
photo:川面 健吾

小泉秀樹
東京大学 まちづくり研究室 教授

東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。東京理科大学理工学部建築学科助手、東京大学工学部都市工学科講師・助教授・准教授を経て現職。研究成果をふまえ多くの市民団体、自治体とまちづくり、コミュニティデザインの実践に取り組んでいる。渋谷未来デザイン 代表理事、共創イノベーションラボ 所長。
専門は、まちづくり、コミュニティデザイン、スマートコミュニティ論など。編著等に『コミュニティ辞典』(春風舎、2017)、『コミュニティデザイン学』 (東大出版、2016)、『都市・地域の持続可能性アセスメント』 (学芸、2015)、 『スマートグロース』 (学芸、2003)など多数。