デザインの妙が光る
母親の愛とユーモア溢れるアウトプット
武田: 『卒弁民報』の紙面には、親御さんたちから募集したメッセージを80近く掲載すると同時に、誰でも参加できるように自由記述のメッセージ欄を設けました。
田嶋: もともと新聞は、情報と思いが詰まったものです。間におかずを詰めてお弁当感を出しました。見出しの黒地やフォントを海苔に見立てたり。
長谷川:県民には定番のおかず、「いかにんじん」も入れて。
諸星: 新聞らしい見出しや図で、擬態しながら面白くしたかった。お母さんからいただいたメッセージは、絵文字も削らず載せました。
長谷川:「絵文字はないほうが……」と社内から言われたところ(笑)
諸星: 絵文字がお母さんの特徴であり、味だと思ったんです。実際に読んだ時に、そのお母さんの声で再生されたいじゃないですか。声が聞こえてくるほうが、読みたくなる。
武田: 絵文字を入れるために比率調整したりしたね(笑)。コピーに関しては、お母さんたちのメッセージより前に出ない、ということを意識しました。キャッチーなヘッドラインをメッセージの中から選んで。黒地にのせる見出しは事件っぽいのにしようとか。感情の乗っている言葉は明朝体で入れるとか。新聞の話法の中でできる、言葉と表現のブリッジは意識したところです。
長谷川:本紙、社内ともに調整は必要でしたね。新聞は高齢者も読みやすいように字の大きさと書体が決まっているから、それに寄せてもらいました。1段の文字数等々、かなりご苦労をかけたところでした。
田嶋: 新聞社さんは毎日これをされているのだからすごい、と驚きました。なるべく多くの人のメッセージを入れられるように突き詰めるんですけど、文字の大きさや段組のことがあるから。お母さんの文とクライアントの部分の見せ方も工夫を重ねたところです。
この施策で福島県に起こしたいこと
長谷川:福島県の人口は1998年の214万人が最大で、そこから174万人まで減っています。東日本大震災と原発事故で、減少は加速したと言われています。県内で働く若者も当然減っていますし、59市町村のうち6つで高齢化率50%超、全体では34.3%と過去最高の高齢化率になっています。このような課題を背景に、ACCヤングコンペのテーマを考えました。
県外に出た方が福島に戻ってきてくれるのが理想ではありますが、その前に福島の関係人口を増やしたい思いがあります。まずは興味を持って、福島のことを考えてくれる若者を少しでも増やしたい。二拠点生活のひとつにしてもらったり、頻繁に行き来してもらったり。そのために我々もさまざまな企画を行ってきたのですが、このようなコンペをするとやはり一味違ったアイデアをたくさんいただけますね。皆さんさすが、一流のクリエイターだなと感心させられます。
ファイナリストの中には、実際に福島に来て、話を聞いて、この地でさまざまな体験をしてくれた方もいたそうで、とても嬉しかった。若手クリエイターの皆さんに福島をもっと知っていただきたいし、その機会がつくれたと感じます。皆さんが注目してくれることによって、福島が大きく変わるような展開になればと思っています。
県内からも、『卒弁民報』にたくさんの声が寄せられました。「紙面に載せるメッセージに応募したかった」「来年までとっておいて、子どもが卒業する前に使う」など。
武田: 「子どもに思いを伝える場を見つけた!」と喜んでくださった方もいました。お母さんの思いをのせられるところが、この企画のいいところだと思います。
長谷川:考えてみると、自分も親にお弁当をつくってもらっていたのに当時のことを何も思い出せません。今思えば申し訳ない話。区切りでもある最後のお弁当が『卒弁民報』で包まれていれば、子どもも親も脳裏に焼き付きますよね。親子のひとつのイベントになるような、そんな素敵な企画です。
『卒弁民報』の広がりと、これから
長谷川:TBSの朝の番組で、特集として取り上げられてから話題が広がりました。全国放送のテレビで取り上げられたという経験が初めてだったので、とても嬉しかったです。
諸星: ちょうど、最後のお弁当を開ける高校生のTikTokがまったく関係ないところでバズっていたんですよ。それで「今こういうことが盛り上がっています」という中で取り上げてもらえた。
武田: SNSの声も増えましたね。動画素材があったから取材してもらえたと思うので、PR動画を撮りに行っておいてよかったねーと話しました。予算ないから3人で撮りに行ったよね、一眼レフのカメラとスマホで。
長谷川:しかも朝、お母さんが実際にお弁当をつくっているときにおじゃましてね。いいメッセージを応募してくれた方に電話して、撮影許可をいただいたんですよ。
「祝・福島卒弁民報 〜今日は高校生活、最後のお弁当の日〜」
長谷川:『卒弁民報』はとてもいい企画なので、さらにブラッシュアップして来年も行う予定です。
お弁当に親和性の高いクライアントにもっと参加していただきたいし、前回できなかったことを新たなフェーズで皆さんと考えている最中です。
諸星: 次は手書きのメッセージ欄を主役にするようなあしらいにしてもいいのでは、と考えています。
SNSを使ったリーチの方法も広げたいし、スーパーに「卒弁週間ですよ」「お弁当の商品買ってくださいね」という棚をつくれたらとも考えていて。今、県内で一番店舗数の多いスーパーさんに働きかけているところです。
武田: ただ、実は最後のお弁当の日は学校によって、人によって違うんですよね。そこがこの企画の難しい所であり、やりがいのある所だと思っています。"卒弁の日"と設定できなくても、"卒弁週間"として盛り上げていけないかとか、どこまで広げていけるか。
お母さんたちの思いがまっすぐ伝わる、エネルギーをちゃんとのせられる企画に育てていかなきゃいけない。そして高校生たちがちゃんと盛り上がれる、もうひとつの卒業としてアップデートしていこうと野心を持って進めている。
今、確実に私たちの筋力はアップしています。(笑)
ほかの仕事でも意識アップデート
この経験が大きな成長に
田嶋: この3人は肩書は違うけれど、横断的に企画を進めています。デザインの話もふたりからしてもらえるし、自分の言葉を採用もしてくれるし。
諸星: 1年目からこんな若手の同期だけで自由に進めさせていただける機会なんてありません。さすがにやり方がわからなすぎて困ったときには、福島民報社の皆さんに助けていただいて。ほかの仕事とは一風変わった、クライアントさんとの関わり方。一緒につくりあげていただけるのがすごくありがたいし、嬉しいです。
武田: この経験から得たことは、本当にたくさんあります。ひとつは、新規につくった「卒弁」という言葉をきっかけに、新しい文化が生まれつつあること。これはコピーライター冥利に尽きる、成功体験でした。以降ほかの実務でも、企画のコアになるような、みんながそこにたどり着きたくなる言葉を書こう、文化のように大きくなる言葉になるかもしれないんだという具体イメージを持って書くようになりました。
もうひとつは、協賛企業を巻き込む苦労を経験したこと。普段は営業活動をしないので、オーナーシップを持ってやりたいことを実現させる力がつきました。ほかの仕事でもその経験が活きていて、営業さんに仲良くしてもらえます。
諸星: 私は、自分のつくったもので心が動いた人を間近で見られた、その体験がとても大きかったです。『卒弁民報』を手に取ったお母さんが、エピソードを語りながら思いが溢れて泣き出すのを目の前で見た。高校生たちも、お弁当を食べながら新聞を起点に話を広げていた。「心を動かすってこういうことなんだ」と、ほかの業務でもそういうものをつくらなければいけないと、すごく刻み込まれました。これをきっかけにがんばろうと思えた経験でした。
田嶋: 当人に取材ができて、自分たちの思いをちゃんとのせることのできた企画だったね。普段は多くの人と大きなひとつの仕事に取り組みますが、このチームは自分たちしかいない。その中で力を尽くせた、貢献できたということに達成感がありました。
長谷川:若い方と仕事をする機会がほぼないので、新鮮な思いです。次の『卒弁』に向けても、若い皆さんのアイデアをどうすれば形にできるのかと動いているところです。
ターゲットが新聞の主な購読層より若い世代であることにも、非常にやりがいを感じています。新聞の力をもっともっと知ってほしいですし、若い人たちに接点を持ってほしいという思いがあります。そして何より、まず私自身が楽しんで取り組んでいる企画です。


