制作過程で起きた数々のミラクル
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篠原D:ミラクルかあ…勢いでやった部分もありますよね。
辻PM:ほぼ、ノリですね。
大隈P:ええっ(笑)
辻PM:いや、やってみなければわからないことが多かったので。
篠原D:テストはさんざんしているけど、現場で「もっとこうしよう」が発生する。ミラクルと言えば、最終日に時間が押す中で、少女役の咲絵ちゃんの笑顔がなかなか撮れなかったとき。陽がどんどん傾いて、最後は大隈さんが抱きかかえて草むらを転がって笑わせましたね。
大隈P:子役は最初、東京でオーディションしていたんです。でも、「ザッツ演技」をしている子どもというのは違うと判断されたんですよね。咲絵ちゃんは福岡のモデル事務所にいた子で、素人に近いんです。だから笑顔もサッと演じられるわけではない。狙ってそういう子をキャスティングしたというのもひとつチャレンジではありました。だから自然な感じの存在になった。
篠原D:アウトドアウェアを好んで着るワンパクさがありながら、ウェアを見送る成長した笑顔も出さなくてはならない。なかなか難しい役柄でした。
辻PM:アイコニックなくりくり頭になってもらったんですけど、7歳の子に薬品のパーマをかけるのは嫌だったので、メイクさんに相談して現場で巻いてもらいました。草むら転がりがウケてよかった。
それから、ウェアが車につかまっているシーンも運で撮れたようなところがありましたよ。走っている車にテープで腕を貼り付けて、竿でびよーんと吹っ飛ばして。眞鍋さんと佐藤さんも一緒になって、全然モニター前でゆっくりチェックという感じではなかったですね。
篠原D:僕もカメラマンも辻くんも別の撮影に行っていて、いなかったしね。
大隈P:相当難しかったんですよ。力学的に、ウェアが車の後ろにつかまっていたら風圧でぺしゃんこになってしまう。だから吊りを何点も入れて、後ろに飛ばすのも難しかったし。十何回と撮りなおして、半日かかりました。
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辻PM:僕が「よっしゃあ!」となったのは、ウェアをつけた車の横をカメラカーで並走したシーンですね。僕がカメラカーを運転していたのですが、スピードを合わせるのが本当に難しくて。何度もやって、1度だけうまくいったんです。
近寄って、離れていくみたいな運転の仕方でワークをかけたり。
大隈P:目立って「これがミラクル!」というエピソードがあるわけではないんですけど、この作品が撮れたことはミラクルだと思います。編集も、テグスなどすべて仕掛けをあとから消している。地味な作業かもしれないけれど、想像もつかないほどの工数。あの糸の数、編集マンが見たら叫ぶんじゃないですかね。やっぱり、この企画ができたこと自体がミラクルです。
民家の中からロケ地を探す
少数精鋭の全員野球!
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辻PM:メインロケハンを1週間くらいしましたし、その前のプレロケハンでは相当あちこちに行って、わりと近場の佐賀県の三瀬という地域を見つけました。抜けのいい、丘に木があってという場所がなかなかなくて。
家も、日本家屋というより海外のような家を探していたので、見つけるまでは知り合いのプロダクションの人から情報を集めたり。福岡にはハウススタジオがあまりないので、一般のお宅を借りることもままあるんです。最終的に知人の知人の知人、みたいな方からお家をお借りしました。突然一般のお宅をピンポンして、「貸してください」という交渉をすることもあるんです。
大隈P:公園も住宅も、ロケコーディネーターを入れずに制作部でやりましたね。全部みんなでやっています。どの部署とか関係なく荷物を運び合って。眞鍋さんも荷物運んでましたから、本当に全員野球でした。
篠原D:キャンプ場のテントも、クライアントさんが貸してくれて、なんなら張ってくれて。制作自体は任せてくれながら、「何か手伝いましょう」と積極的に関わってくださいました。
音にフォーリーアーティストを起用
素晴らしい企画に全部署全力投球!
大隈P:ウェアに命を吹き込むために、音は大切な要素です。MAの福山から、「フォーリーアーティストを入れませんか」という提案があり、採用しました。横にいるので、一言どうぞ。
福山MA:ウェアの服がすれる音や、犬の足音などをフォーリーの渡辺雅文さんに担当してもらいました。CMでフォーリーを入れるのは珍しいのですが、命を吹き込むためには音の演技が必要だろうと提案しました。風などの環境音は、音響のほうで担当して。
大隈P:ありもののSEではなく、専門の職人に音として演じてもらいました。画に合わせて最も合う音をつくり出してくれます。そのリアルさなくしては服が生きているような臨場感が出せないだろうと。神は細部に宿ると思うので。どの部署も全力で、手を抜かずやりました。
まず、眞鍋さんの企画にみんなわくわくしたし、だからこそ挑戦してみようと原動力をもらいました。そして篠原さんの演出コンテも素晴らしくて、力になった。そこには篠原さんの人柄もあるし、制作メインとなった辻の人柄もあると思います。誰もネガティブなことを言わずに進んでいった。
篠原D:スタッフィングに関しては、大隈さんの人柄ですよね。よく、「難しいけどこれ一回やってみらん?」と言っていましたよ。だからみんな「いいっすね」と乗ってきてくれたのだと思う。「なんかわかんないけどやってみましょ」「楽しいっすよきっと」みたいな雰囲気がね。
大隈P:福岡の制作体制自体、そういうマインドの人が多いんですよ。ほかのプロダクションもそうだと思います。土壌が素敵なんですよね。お客さんの伝えたいことを大切にしながら、全員野球で楽しくものづくりをしている。
ただ、今回は「これを一体どうやって?」と苦しいこともたくさんありましたよ。打ち合わせを何時間も続けて、「見えない」「厳しい」ということが相当あった。とても楽しかったけれど、楽しいだけではなかったですね。
篠原D:一番きつかったの、辻くんなんじゃない?
辻PM:打ち合わせで10時間ということもありましたよね。でも、楽しかったです。苦しいほうが楽しい、のかもしれないです。
大隈P:生きてる実感ですね。
(笑)
チーム全員で獲った「スタッフ賞」
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大隈P:ここまで上がりの見えない企画は、あまりなかったかも。
篠原D:ただ、だからこそ「どうやったらいい?」と議論を重ねることが増えて、その分よくなっていったんじゃないかな。
辻PM:予定調和でいかないというところで、クオリティが上がっていくのかも。
大隈P:柳沢(翔)さんがフィルムクラフト部門の審査委員長講評として書いていた、「クラフトとは右脳だと思います。鼻血の出るような集中力から生み出される細部の織です。」ということにとても感銘を受けました。たしかに、そんな感じでやっていたんですよね。もちろん事前にテストをたくさん重ねましたけど、現場ではテスト通りに行きませんから。日が落ちるまでの制限の中、みんな全集中で。
柳沢さんが「激辛審査です」と言っていた中でスタッフ賞をいただけたのが本当にうれしいです。全工程に対して「がんばったね」と言ってもらえた気がして、チーム全員でもらった賞だなというのが、非常にうれしいです。