第二十五回 箭内道彦 ✕ 山内ケンジ
箭内: 山内さん、箭内です。
山内: どうもどうも。ご無沙汰です。
箭内: もう20年くらいお会いしていないような感覚ですね。感慨深いものがあります。僕の中では山内さんって、中学の1コ上の先輩みたいな感じで、「いいなあ」と思って一時期くっついて歩いてましたから。でも、久し振りにお目にかかると巨匠感が出てますね。
山内: いやいや、ふつうのおじさんです。もう初老(笑)。
箭内: 山内さんって、こういうの出てくるの好きじゃないのかな? と思っていたから、今回うれしかったです。
山内: いや、はじめちょっとお断りしたんです(笑)。いま広告はほとんどやっていないので。でも、箭内さんからのリクエストだと言われまして。
箭内: CMの世界から、少し距離を置いていらっしゃいますけど、距離を置いているなりに感じてらっしゃることだったり、演劇のお話もうかがいたいなと思っているんです。
とはいえ、想い出話からスタートさせてもらうと、僕は20年以上前に、山内さんのたくさんある仕事の中のほんの一部のところでご一緒させていただいて。唐沢寿明さんが出た「ハイチュウ」とか、ラルク・アン・シエルの「50年後の世界」(2000年)とか。
山内: ああ、やった、やりましたね。老人ホームの企画(ラルク)。
箭内: あとは、お忙しい山内さんに打ち合わせだけしてもらって、実現しなかったコンペの数々とか……そのあと山内さんは、本格的に演劇のほうへ進出されて。
山内: 演劇はね、2004年からなんですけど、そのとき箭内さんから、多額の協賛金をいただきまして。この場をお借りして、ひと言お礼を言いたかったです。
箭内: いやいや、多額じゃないです。いまで言うクラウドファンディングみたいな感じで。その返礼品として、山内さんの演劇の中に協賛した人の名前を役名で使ってくださることになっていて、確か「ヤナイ」っていう役の人、劇中で死んだんじゃなかったかな?(笑)。まあ、そんな感じで懐かしくて、何から質問していいかわからないくらいなんですけど、ひとつは、山内さんがTwitterをされていたというのも意外で。
山内: TwitterもFacebookもやってるんですよ。
箭内: 演劇の告知をしたりするには大事なんでしょうね。
山内: そうですね。告知ですね。
箭内: とはいえ、結構怒っているじゃないですか。世の中にというか。
山内: ああ、時々ね。
箭内: あれはもしかすると、コロナで「不要不急」というレッテルを貼られた演劇や文化、そのあたりがきっかけではないかな? と思ったんですけど。政治的な活動ということではなくて。
山内: いや、政治的なコメントは前からです。安倍政権の途中あたりからですかね?
コロナになったから、言い出したりしているわけではないんです。「コンコルド」のCMでも結構、わからないようにまぶしていってますね。
箭内: いや、あれはわかりますよ。すごいことやってるなって思います。静岡ローカルとは言え、ああいうものがテレビの中に存在してるのは素晴らしいんじゃないかと。
山内: 昔からありますよね?
社会的な時事ネタを絡めるCMって。キンチョウなんかも昔は時事ネタをよく見たし。コンコルドの場合、お題がないですから、時事ネタを入れざるを得ないところもあるんです。
でも、演劇のほうで社会風刺をするのはそれほど好きではなくて。完全に避けるわけではないけど、あからさまには出したくないんです。演劇って伝統的に政治や社会に対する批判を出すのが当たり前で、最近、特にそういうのが多くなっていると思うんですけど、逆に僕は演劇ではなくCMで結構出したいというか。
箭内: それはなぜですか?
マスっていうのか、不特定多数の人が鑑賞するところに投げこめるのが大きいんですかね?
山内: それは大きいですよね。ようするに、CMというのはクライアントの要求や商品の情報を盛りこんで広告にするということなんですけど、僕がずっとやってきたのは、そこに別の要素をまぶした上で、商品に着地させるっていう作り方なんですね。どっちかって言うと。
で、CMにまぶす別の要素にもいろんなパターンがあるんですけど、時事ネタというのは結構大きくて。よく言われるけど、広告って世の中を映し出す鏡みたいなものだから、社会モノって実は王道の企画なんじゃないかと思うんです。でも、それがなかなか通らないんですよね。
箭内: 通らないですね。
山内: うん、社会モノは本当に通りにくい。通らないからやりたくなる(笑)。
箭内: なるほど。僕が山内さんに「これ、一緒にやりません?」って企画を相談していた頃は、いまより20歳若いときなので、通せない場面も結構あったなって思います。
山内: いまはもっと難しいでしょ? どんどん時代が変わっていて。
箭内: そうですね。特にこの10年ですかね。
山内: ウェブCMのウェイトも大きくなってますから。ユーチューバーに頼んだほうが、広告として価値がある、といった見方もあるくらいで。
箭内: 山内さんがCMから離れていったのも、そういう時代の気配を察していたからですか?
あるいは広告の側が、山内さんに頼む仕事がなくなっていったのか。
山内: いや、僕が離れていったのはそんなに最近ではないから。なんだろうなあ?
一番大きいのは「もともと演劇がやりたかった」ということ。でも、忙しさのピークは過ぎてましたね。「企画からお願いします」という仕事は減ってましたから。
箭内: やっぱり企画からやらないと、山内さんのよさっていうのはね。
山内: 演劇を始めた2004年の前後。ブティック代理店みたいなのが結構できたじゃないですか。みなさん電通や博報堂を辞めて会社を立ち上げて。で、すでにできている企画を打診されるんですけど、いろいろ打ち合わせをしても結局通らないんですよね。そういうケースがあまりにも多いので、だんだんイヤになってきちゃって(笑)。それで、もともとやりたかった演劇に移行して、超ビンボーな世界に入っていっていまに至る、という感じですね。
いま、超ビンボーな映画もやってるんです。このコロナの最中に、やっと新作をつくることができまして。『夜明けの夫婦』っていうタイトルなんですけどね。今年(2021年)の「東京フィルメックス」で上映されます。