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カンヌはアイデアの博覧会ではない

―なにかインプットの際に意識していることはありますか?

一番意識しているのは、カンヌの事例をインプット「しすぎない」です。
ずっとカンヌオタクで、いっぱいインプットしてきたんですけど、ドイツのECD2人から「カンヌを見るのをやめてみろ」と言われて。彼らはアワードのプロなのですが、「カンヌは実現者の祭典であって、アイデアの博覧会ではない」「あそこにあるのは3年前に思いついたアイデアであって、トレンドではない」と言われて、極論だけどわかるなと。
それから、「Behance」というクリエイティブネットワークなどでおもしろいアイデアをインプットするようになりました。アワードに出されたようなものもあれば、ローンチすらされていない企画もあったり、思いつきのメモみたいなのを上げている人もいる。アートディレクターの間では有名らしいのですが、少なくとも僕はドイツに行くまで知りませんでした。新しいデザインのつくり方や、おもしろい発想が転がっているので延々と見ています。

―それまではカンヌを延々見ていた。

毎年ブロンズの作品まで見るオタクでした。ヤングライオンズで勝てないと、コピーライターにはなれなそうだったから、グローバルで評価されるアイデアを吸収しようと必死で。ヤングライオンズに関しては、イギリスやアメリカの国内予選まで見ていたほどで、これ以上分析できない、というくらいまでやりました。せっかくナレッジを溜めたので、社内の若手に何か残したいのですが……クラウドファイルにまとめていたものが消えてしまって涙。

―日常の中でのインプットはありますか?

そんなに意識はしていなくて、普段はのうのうと生きています。毎日YouTubeでお笑いを2時間くらい見ています。ただただ好きなので。
あと、日常生活のなかで思ったことはスマホのメモ帳に記しています。アイデアというより、気づき、インサイトを書くことが多いです。MacBookと連携していて、よく見直していますね。

―デジタルのノートもある。

ボツになったアイデアをここに持ってきたり、企画になったものもあれば、インサイトだけのメモもあります。「ストリートピアノで何ができるか」とか、何にもなっていないメモですね。「脳波で踊れる」は事例としてインプットしたもので、何かできないかと思ったのですが、まだ何にも。この長い1ページだけのメモです。でもこのメモ帳がなくなると結構困ります。

海外に届くのはシンプルなアイデア

―自分にブレークスルーを与えた仕事は。

ひとつは先ほどお話した藍染の。もうひとつは、「Google Original Chips」(2021年)です。
Google Pixelというスマホの新モデルに、Google純正のチップが搭載されることを訴求する仕事。少し専門的な話を柔らかくして、たくさんの人に知ってもらうために、ポテトチップスをつくりました。「Googleがつくったチップ」を、「Googleがつくったチップス」でPRするという、言葉にすればとてもシンプルな企画。ムービーだけでなく、実際にポテチがもらえるキャンペーンも走らせました。
ドイツに赴任して、自分のやってきた仕事をチームに紹介したとき、みんなが既に知っていたのはこのGoogleの仕事だけでした。ドイツでニュースになってたよとか、アメリカのアイデアメディアで紹介されていたよといろいろな人から言ってもらえて。海外に届くようなアイデアは、やはりシンプルで、一言で言えるものなんだと実感しました。

もうひとつは、『サントリー緑茶「伊右衛門」×講談社「モーニング」の「漫画家にも、こころに、お茶を。」という企画(2019年)です。働き方改革が進む中で、漫画家さんの働き方はあまり改善されていませんでした。そこで、モーニングで連載を持つ漫画家さんに持ち回りで一週間ずつ休んでもらい、お茶でほっと一息ついていただくことに。代わりに同誌で連載を持つ別の漫画家さんにお願いし、休暇中の作品のキャラクターの絵を描いていただくスペシャルコンテンツを作りました。
僕は漫画が大好きなのですが、かつて漫画編集者だった母から漫画家のとんでもない多忙さを聞いていたんです。何かできないかとずっと思っていたなかで、自主プレゼンをして形になった。自分の好きなことを広げて形にできるというのがこの仕事の醍醐味だと実感した仕事でした。これ以降、自分の「好き」を前面に押し出して仕事がうまく回り始めたので、好きを貫く重要性に気づいたきっかけなんですよね。

―簡単に実現する話じゃないですよね!?

なかなか難しかったです。なにしろ『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』といった雑誌を背負うタイトルが休載になるので、売上の減少に繋がる可能性がある。それをいかに補填できるか、というのが懸案事項でした。そこで、この休載号でしか読めないスペシャルコンテンツがあれば、むしろ売上が上がるエクスクルーシブなコンテンツになるのでは、とお話ししました。「漫画家さん同士で絵を描き合って、漫画家さん同士で休み合う」という構造は、ストーリーとしても素敵だと思ったんです。

グローバルに向かわせた理由

―キャリアの最初の方と今で考え方やスタンスは変わっていますか?

人が動くかどうかを判断基準にするとか、人を楽しませたり驚かせたりしたいといった考え方は変わっていません。
変わったのは、グローバルな視点を持つようになったところですかね。以前は日本で話題になるおもしろCMをつくりたいと思っていて、今では世界の人がおもしろいと評価をくれるアイデアをつくりたいという風に変わってきました。

―働いているなかで、そう変わっていったんですか。

2016年にはじめてカンヌライオンズに参加したときに、アメリカの出品作ばかりがアワードをもらっていたんです。スタンディングオベーションで称賛されて、かっこいいし、うらやましいし。国境関係なく評価されるあの場に自分も行きたいと思い始めました。
もちろん、国内で評価をされるACCのグランプリなんて、とてつもないことだと思います。獲ったことないし、獲れないと思う。審査委員がオーディエンスの一部だから、本当に話題になったのかも知られている。
同時に、オーディエンスではない人も審査会場で「それ賢いね」と思うアイデアも、すごいと思うんです。
まあ僕は国内で戦えないかもと思うところがあるので、むりやりグローバルに矛先を向けているところもありますね。

―グローバルに向かっていたからこそ、海外赴任を希望されていたんですよね。

ヤングライオンズで結果が出て、通用するんじゃないかという思い込みが生まれました。逆に、国内でアイデアを評価されなかったり、バズると思ったのにさほどではなかったり、という経験もあって。国内でやっていけないのではないかという不安と重なって、グローバル志向が強まり、そのタイミングで赴任の話が来ました。もともと中学校はアメリカにいたため、英語にストレスを感じないこともあります。様々なピースがかみ合った感じですね。

―それで今まさに帰国をされて、これからどうします?

どうしたらいいですかね。

―博報堂の本体も、アワードを獲ろうという意思があるのでしょうか。

あります。国内では博報堂は大手ですが、世界からすると知らない人もいるし、どのくらいクリエイティブな会社なのかと証明する術が必要です。その意味で、アワードを獲ろうという機運はある。
自分に期待されているのは、グローバル案件を手掛け、グローバルで評価される仕事をして会社の評判を上げていくことだと自覚しています。自分がつくりたい「一言で言える、海外からも賢いとされてアワードを獲れるアイデア」と、会社の求めていることは繋がっている気がします。

―最後に。若い谷脇さんの目から見て、これからの広告、クリエイティブはどうなっていくと思いますか。

明確に答えられるわけではないんですけど、広告クリエイティブという業界からはみんな飛び出していくのではないでしょうか。
この業界は、手に職がつくわけでもないし、プロダクトをつくっているわけでもない。10年働き続けても「何ができます」と言い切れる人間になれるのだろうかと、以前は思っていました。でも、転職した同期の話を聞いていると、広告的な思考はほかの業界で活かすことができると感じます。PRの観点を持っていることがとても有益だし、加えて映像やコピーがつくれるハイブリッドな人材とも言える。コピーライターにも、映像の人にも、マーケティングの人にも、あらゆる領域の人にディレクションができるハブとして機能するということに、最近やっと気が付きました。そうなると、広告クリエイティブから飛び出した人たちが、建築やプロダクトをつくる会社にクリエイティブディレクターとして入ったらおもしろいことになるのでは。
外に出ることで、どんどん新しいものが生まれている気がしています。いろいろなところで、みんなが様々な旗をあげていくんじゃないでしょうか。

―そうなったら楽しいですね。これからもクリエイティブ界でモテていく谷脇さんのご活躍を楽しみにしております!

text:矢島 史  photo:村上 拓也

谷脇 太郎(たにわきたろう)
株式会社博報堂
コピーライター
1991年愛媛県生まれ。2014年に博報堂入社。一言で表せるようなシンプルな企画が好きです。主な受賞に、Cannes Lionsチタニウム/デザインゴールド、Clioグランプリ、LIAグランプリ、NY Festivalグランプリ、NYADCグランプリ、Adfestグランプリ、M-1甲子園2008審査員特別賞など。M-1グランプリは5大会連続2回戦敗退中。