作曲はほぼ過去の遺産
そこに1%の発明があるか?
―「これがいい」という今の感覚も、タワレコCD時代に養われたところがあるんですかね。
故・坂本龍一さんが、「現代において作曲をするといっても、95%以上は過去の遺産を糧にしていて、新しく発明している部分はせいぜい1~2%。すごいものでも5%くらいだろう、大部分は偉大な先人たちの発明の引用。」とおっしゃっているんです。これはポップスの世界にも置き換えられると思います。
逆に言えば、音楽家たちが、日々身を粉にして絞りだしているその1%の発明こそが、とても重要なわけです。「あ、これは何か新しい発明をしている」というものをチェックするべく、そのアンテナだけは張っている。
―過去を知らないとそれはわからないですよね。
そうなんです。その音が1%の発明なのかどうかを判断するために、たくさん音楽を知る必要がありますね
―「いい」と思った曲がすべてそのパソコンに入っているんですか?
そうなりますね。一度すごい量のプレイリストが消えてしまったこともあって。そのときは愕然としたんですけど、また新しく選曲しなおすのも新鮮で楽しかったり。積み重ねてきた土台のところは、血となり骨となっている感じもあるので。
プレイリストにつくったカテゴリーは100以上
Apple Music, Spotifyにつくっているプレイリストそのものが、僕のノートと言えるかもしれません。この仕事を始めた当初は、どういう音楽が望まれているのか、何が広告的に役立つのかいまいちよくわからなかったんです。少し仕事を経験していくと「こういう音楽がCMに求められるんだな」となんとなくわかってきて、まずはそれらをまとめて、ざっくり「CM向け」、みたいなフォルダーをつくって入れ込んでいくようになりました。ただそれだと曲数が膨れるにつれて、毎回聞き返すのが大変になってくるので、スロー、ミドル、アップ、などテンポ別に整理するように。 そしてさらに経験を得るにつれ、自分なりの必要基準でより細かくカテゴライズしておけることがわかってきました。つまりプレイリストですね。大きくは「CM」と「SOUNDTRACK」と分けて、それぞれに多種のプレイリストをつくっています。チェックした楽曲はそのいずれかに振り分けていく。
例えば「Alternative Pop」のカテゴリーには、ポップスなんだけど、やや先端的で、音像やアレンジ面などで発明があるポップス。「High Fashion」はいわゆるハイブランドのCMにハイブランドに当てたらよさそうなもの、エッジーな切り口だったり現代音楽の要素があったりするものなど。同じロックでも「Rock」と「Alternative Rock」は分けておくと便利で、〇〇社は王道好みなのでRockフォルダを探り、競合の△△社は洒落を大事されているのでAlternative Rockフォルダから探す、とか(笑)。 料理と同じです。最初に切り分けて、仕込んでおくことで、段取りよくスムーズに調理が進められる。仕込みをしっかりしておくことで、実制作においても楽曲のクオリティを上げられると思います。
―わかりますね!(笑) ジャンルもあるし、気分的な分け方もしているんですね。「元気」とか。
そうですね、ジャンルとか理屈とかトレンドとか一切関係なく、聴いたら無条件で元気になる曲ってすごく価値高いよな、と思ってつくりました。
―重複している曲もあるんですか。カテゴリーはどれくらいあるんだろう。
重複している曲もありますが、自分にとってこのリストがメモ代わりなので、音楽企画のきっかけとかリマインドになればなんでもいいんです。数えたことはないけど……今数えたら「CM」のカテゴリーで53個。「SOUNDTRACK」も入れると100超えそうですね。「SOUNDTRACK」のカテゴリーは、見聞きした音楽や映画にインスパイアされて、新たに増やす機会も多いです。
―そもそも「CM」「SOUNDTRACK」の区別はなんですか?
「CM」は「狙い」をベースに考えたものが中心です。順目だけではなくちょっとズラしがあったり、キャッチーさや、新しさやサプライズを意識したもの、歌モノも多いです。「SOUNDTRACK」はインスト曲が中心で、劇伴音楽、シーンや心情などにつける音楽です。映画のワンシーンで「安堵感を感じさせるシーンにしたい」となれば、順目に安心感のある優しいピアノ曲、みたいな。
―ひとつひとつのカテゴリーに数えきれないほどの曲が入っているわけですね。
そうですね。これを充実させておくと、とても便利で精神衛生的にも良いです。「あれっ、このカテゴリー少ない」となると仕事のとき困りますよ(笑)。でもまだまだ集め続けなきゃいけません。もちろん案件によってはこの中からは全く見つけられず、音楽の海を旅をして集めてこなくてはならないことも往々にあります。
テキストより、五感で捉え
イメージで定着
―言葉なんかはどこかにメモったりしないですか?
打ち合わせでメモっているふりをしたり(笑)、一言二言、ポイントだけ書き留めたりしますが、あまり見返さないですね。SNSのタイムラインに流れてくる言葉を「なるほど」と納得して読んだりもしてますが、その辺はある程度曖昧です。ただ本当に心に刺さるものは、忘れようと思っても忘れられません。そういうものは心でメモって大事にしています。それを正月に初詣で絵馬に書いたり。メモじゃないですね、もはや。 あと、言葉を覚えるとしても、右脳的にイメージもあわせて覚えることもとても有効です。電話番号も数字ではなく画像としてなら覚えやすいことに気づきました。例えば人の話したことも、メモして字にするというより、言葉とあわせて、相手の語り口のトーンとか、議論したときの感情などもあわせて、受け取ったイメージや印象をまるごと受け取るほうが忘れないし、より理解が深い。
音は無形なのでそのままはメモできないように思えますが、でも僕は、有形だなと感じることも多い。音は空気の振動なので、同じソースだとしても聴く場所によって聞こえ方は違って、空気の温度、湿度、反射などで変わる。そしてその波長を、鼓膜のみならず、肌でも感じている。バイブスですよね。さらにその時の光景、視覚情報によってベクトルが加わる。なので五感でメモることで、情報としてはるかに緻密で、印象の濃い、豊かなものになる。 仕事柄、PCで情報として音楽を読み解いたり、スタジオで顕微鏡をのぞくように音の端々を細かく聴き込んだりすることも多いですけど、フェスやコンサートに行って爆音を浴びて踊りまくったり、全身で音楽を享受するのが、自分にとってはやっぱり大切です。
―ライブとか行ってないな、行かなきゃな。仕事に追われてるなー。
わかります。僕も以前にくらべると機会は減りましたが、毎年フジロックをはじめ複数のフェスに参加しています、仕事の音楽の聴き方から解放されて、この時ばかりはただの音楽フリークに立ち戻れるというか。そういうとき、生の音楽はどこか神聖で、自分の中ではお祈りというか、教会に行くような気持ちになったりもしますね。
CM音楽の技術が、さまざまなジャンルに活きる
―CM音楽とほかの音楽の違いって何ですか。
CMがメインですが、ほか映画、アニメ、イベントの音楽にも携わっています。つくり方に関していうと、CMだからこう、映画、アニメだからこう、ということは実はそんなになくて、音楽制作の取り組み方は基本的に同じです。思うのはとにかく、広告の技術は他ジャンルでもすごく有効だな、ということ。僕にとってはメンターであり師匠の菅野よう子さんが広告の技術のことを「狙い目のつけ方」とおっしゃっていて、僕も同じなんです。順目だけでなく、逆目だったり、少しずらしたり。悲しいシーンにあえて楽しげな音を当てたりとか、その逆だったり。その狙い目のつけ方が本当に勉強になってきました。その技術はいろいろなものづくりにも活かせると思います。
―伝えたいことを表現するための音楽、ということをCMで学べたんですかね。
そうですね。あと誰に届けるものであるか、というターゲットを明確にすることも重要です。ターゲットがイメージできていないと、楽曲も茫洋として力のないものになってしまうんです。だから、最初にオリエンを受ける時は必ず「これは誰に向けてつくるものですか」とは聞くようにしています。