自分を変えた仕事たち
―ADからCDになって活躍している人って少ないと思うのですが、今につながるようなブレイクスルーとなった仕事は何ですか。
さっきお話ししたように、電通に入ってすぐの2年間はとてもつらかったんです。4年目で小松洋一さんについてから、バーンと変わりました。当時小松さんは広告を改革しようとしていて、メディアを広げていたんです。さらには商品開発から関わるようになり、インテグレートで回すということがまだまだだった時代に、IMC(統合型マーケティングコミュニケーション)ですべて関われるようになりました。それが、日本コカ・コーラの「からだ巡茶」。デジタルも始まったばかりで、懐かしのmixi(ミクシィ)を使ったり。
しかも、商品がすごく売れたんです。開発から広告、売るというところまですべてを一気に学べた仕事でした。
アーティストとコラボして表現するような「No Reason」のOOHプロジェクトも、広告の概念を大きく広げてくれました。
いずれにせよ、売れたということが勉強になった。経済に影響を与える仕事をしたいというのがあったので。
―その次にターニングポイントになったのは。
東京都交通局の「PROJECT TOEI」がすごく勉強になりました。何をPRするのかというメッセージから考えて。外国人の目線で東京の街を撮った写真展をしようとか、交通のメンテナンスがいかにすごいかということの写真集にしようとか。廃品にストーリーをつけてオンラインで売ったり、「都電の腰掛」という手すりと一体化したベンチをつくったり。これもものすごい取材をしました。メモがそれはもう大量になって、写真も2000枚は撮りました。取材自体が楽しくて、ひたすらメモって、いつの日か形になったらいいかもね~とやっているうちに企画になっていきました。
2021 61st ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS・デザイン部門で
「ACCゴールド」を受賞。
―東京の人々が生活の中でいつの間にか、東京都交通局の仕事に気づいていくという施策でした。バーンとではなく、じわじわと。
そうなんです。商品広告の場合は1週間くらいでバーンと知ってもらえるよう、いかに目立ち切るかとつくるけど、東京都交通局のはタイムレス。通勤電車の中で朝からバンバン広告されるのいやじゃないですか。心地よいものが電車の中にあるように、という全然違う軸なんですね。毎日見ても飽きないように。8年前のポスターを見ても、全然色あせてないんです。どう、普遍的なものをつくるかという仕事でした。
―そういうオリエンだったんですか?
違います。オリエンは、「東京都交通局の営みを正しく伝えて、理解してもらって好感度を上げてほしい」ということでした。長い時間で効くようにといったことは言われていません。
一緒にやっていた髙木基さんが言っていたのは、「公共機関をあずかる責任」ということでした。目立つものというより、きれいな景色にするようなものでなくてはいけないと。毎日通う空間を心地よくするものをつくろうという、大きな考えが通貫していました。
人を動かす、モチベーションをつくる
正親篤さんの「九州新幹線全線開業『祝!九州』」には、関わってはいないのですが同じ部にいて影響を受けました。それまでは「メッセージを伝える」でしたけど、実際に人がどう動くか、アクティベーションというところに興味をもつように。その後は、そういう仕事が増えたように思います。
平昌オリンピックのときにやった、ゆずのファンを集めて応援歌をつくる「ゆず2018プロジェクト with 日本生命」もそうでした。参加した2018人を集めて全員が載ったOOHをつくったところ、その面子が写真を撮りに来たんですよ。1週間ずっと、人が集まっている状態。そして今度は自分たちで勝手にポスターをつくり始めたんです。モチベーションをつなぐと、思った以上に連鎖して行動を大きくしていってくれる。
セイコーのショーウィンドウから干支がARで飛び出す企画「時の龍 2024」では、アプリもつくったのですが、60歳の人もダウンロードしてくれていた。実際に人が動く喜びを感じました。
Hi-STANDARDの「PLAY THE GIFT」もそうですね。人間の行動を予測して企画したもの。18年ぶりにバンドスコアだけ展示したところ、つわものが「弾いてみた」と言って始まるんですよ。「ギター弾けるよ」「ドラムやってたよ」とつながり始めて。2週間後くらいにコンビニプリントを解禁すると、みんなワーッと演奏して。最後にご本人たちによる演奏の答え合わせが渋谷の109前で用意されていたんですけど、人が集まりすぎて中止になってしまいました。
それにしても、とんでもない時代に社会人になっちゃったというのはありますよね。だってポケベルから始まって、スマホでSNSですよ。
2018 58th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS・メディアクリエイティブ部門で
「総務大臣賞/ACCグランプリ」を受賞。
―そのすごい進化の20年強に、ただついていっているのではなく最先端をいっているからすごいですよ。
そうは言っても、細かい手法はあまり意識していないんです。「モチベーションがあれば人は動く」とか、根幹を押さえているだけで。チームもそうですよね。自分がデジタルに詳しいというより、モチベーションを設定して詳しい人に動いてもらう。徹頭徹尾知っていなければ、とは全然考えてないです。トリガーとなるところを押さえれば、そこは昔からあまり変わらないんじゃないかな。テクノロジーに左右されず考えたい。
―そういう意味でチーミングを意識していますか?
セイコーのARの施策はDentsu Lab Tokyoの方に入ってもらって、どういう行動を起こしてほしいかだけ話し合って。あと専門的なことはやっていただきました。ゴールを決めたら、あとは自由にやってくださいとお任せしています。