解放されて、狩りに出る
―そういった仕事のとき、ADはご自身で?
そうですね、ADCDというケースが多いです。完全にCDだけというときには、ADの仕事にはあまり口を出さないようにしています。いや、若い人から勉強させてもらっているんですよ。さっき言ったような根底のセッティングは昔の人が長けていたという気がするのですが、若い人の感覚もとても勉強になります。
―わかります。独立したのはなぜなんですか?
辞めたら人との関係が切れてしまうのではと恐怖していたのですが、逆に新しいつながりがどんどんできました。人づてに中小企業の経営者の相談を受ける機会が広がって、仕事をデベロップする方ではなく、発端に出会うチャンスが増えたんです。
もちろん、大きな広告会社の中で大きい仕事のチャンスがほしい人もいれば、能力がある程度備わったタイミングで解放されて狩りに出る人もいる。
―ある程度学べたな、というところがあった。
そうですね。25年目で独立したのは「26年目が去年と一緒なのでは」という恐怖のほうが大きかったから。若い人と出会える機会がなくなるのはいやだなと思っていたんですけど、電通さんと仕事をすれば若い人もいっぱいいらっしゃるし。出会いが減るということはありませんでした。
独立し、自分の根源に立ち返る
―キャリアの最初と今とで、仕事に対するスタンスの変化はありますか。
美術を学んでプロになろうと意識した学生時代に比べると、“仕事”してしまっているなという反省があります。ミッションだとかシュアにだとか、そういうことばかり考えていないか?と。根源的に何がしたかったのかと、現代美術をやっていた時の思いに立ち返ることが最近増えていますね。
独立して、自分の事業をどうつくっていくのも自由。会社のミッションは自分です。だからこそ、「こういうことをやりたかったはずだ」と立ち止まることも必要かなと。これまで人のこと、世の中の事ばかり考えてきたので、自分はなんだっけ?と立ち返らないと。
―具体的にやりたいことが?
現代美術をやりたいという気持ちを持ちつつ、日本の地域ですばらしいものをつくっている人に出会うと、その仕事に関わっていきたいと感じます。
今、秋田県の大仙市にある金紋秋田酒造で、クラウドファンディング、ブランディング、ウェブからパッケージ制作までお手伝いをしています。数ある酒造の中で個性を持つために、米の旨みを極限まで引き出した熟成酒をつくっていて、これまでの日本酒の常識を超えていくような商品が生み出されています。彼らのすばらしい熱量をかりて、デザインしていきたいと思ったんです。
―いいなあ、そんな仕事。現代美術のほうは具体的には何かありますか。もしくは、そういった仕事も広い意味では関係してきたりするものでしょうか。
ベクトルは違うけれど、両方できたらと思うんですよね。現代美術は、「広告だったらこれくらいの感じで」とある程度範囲が決まっているところを、ぶっ壊しちゃうものなんですよ。「売れない広告をつくろう!」とつくっちゃうような。
僕の解釈では美大の人って、この世で一番無駄をやっていいという係の人たち。有用ではないものにすごい熱量をかけて、人類最強の無駄を守っている人たち。でもそういうものが人類にないと、幅が出ないと思うんですよ。「コミュニケーションなんてどうでもいいよ、叫ぶだけで」とか「無視していいよ」とかやっちゃって、負の方向だけれど良くも悪くも幅を広げる。概念をぶっ壊せるというんですかね。怖くて簡単には足を踏み入れられないんですけど。
かたや、日本酒づくりのほうは「新たな」「更新された」酒を広く知らしめることで、日本国内だけではなく海外へも価値を発信するためのデザイン。日本酒に限らずほかの産業にも、新たな価値をつくりだしている若い経営者の方がたくさんいる気がして。そういう方たちと出会っていきたい。
―今後はCDとかADとか関係なくやっていく感じですか?
職種で何かを規定するつもりはないんです。みんなが思っているよりADという職種に対して格が高いと思っているところもある。もしかしたらCDより責任が大きいかも。
だからADなのにCDみたいな発言ばっかりして、CDの人が困るようなことがあってもいいと思うくらいです。
―電通の、ADの、CDの、大先輩である塚本さんにたくさんお話を聞けて今後の人生の勉強になりました!本日はありがとうございました。
塚本 哲也(つかもと てつや)
株式会社TeTo
アートディレクター、クリエーティブディレクター
2000年武蔵野美術大学卒業、 同年電通入社。
2024年に独立、 株式会社TeTo (テト) を設立。
グラフィックデザイン、VISデザイン、 商品デザイン、 体験デザインなど、
さまざまなデザインのアプローチをもって根幹から企業ブランディングに携わる。
主な職歴として、トヨタ自動車、 東京都交通局、 日本航空、 SEIKOグループ、 商船三井グループ、ユニクロ、コカ・コーラ、 森永乳業、 日清製粉グループ、Kawasakiモータース、NHK、日経新聞、 パーソル、 三井不動産、 積水ハウス、 みずほフィナンシャルグループ、 東京オリンピック組織委員会など。
主な職歴として、カンヌ国際広告賞金、 N.Y.ADC銀賞、 D&AD賞、 ロンドン国際広告賞、アドフェストグランプリ、 スパイクスアジア金賞、東京ADC賞、 ACC賞グランプリ、フジサンケイグループ広告大賞最高賞、毎日広告デザイン賞最高賞、文化庁メディア芸術祭審査員奨励賞、グッドデザイン賞BEST100など。