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箭内: 狂ってますよね。

藤井: それに対して「なんでなんだ?」ということは、みんな思ってはいるんだけど、どうすればいいのかわからない。そういう意味では、人類というのも宇宙の時間の単位で言うと、絶滅していくものかもしれないし、僕自身、諦観している部分もあるんです。
でも、それはやっぱり若い人に言っちゃいけないことなんですよ。世の中には、もっと美しいものがたくさんあって、人々は慈愛に満ちている、だから幸福で平和な美しい社会がつくれるというところを、もっと見せていかないといけないんだろうなあという気持ちもある。つまり完璧なニヒリズムやペシミズムになってはいけないんですけど、みんな逃げてますよね。僕も含めて。

箭内: いや、今回ね、すごくいい回ですよ、藤井さん。すごく大切な話になってると思います。

藤井: だといいんですが…。ところで箭内さんは、音楽と広告の両方やってるのは、どういう関係なんですか。

箭内: 僕は基本、広告です。音楽はいろんな流れがあって、ミュージシャンの仲間たちと活動してますけど、なんて言うんですかね?さっき藤井さんがおっしゃっていた話にも近いんですけど、広告をつくる中で疑問に思っている世の中のことや、自分にまだ足りないことを音楽にするんです。音楽をやることで一度立ち止まって、また広告に戻るというか。

藤井: 世の中って合理主義で進んで行くけど、やっぱり合理的な部分だけではないものもあって、「ちょっと待って!」と言う人も必要なんですね。僕の場合、広川泰士さんらと一緒にやっている「ゼラチンシルバーセッション」という活動がそういうものですよ。写真のすべてがデジタルに行くのではなく、フィルムも文化としてちょっとは残しておこうよと。それは合理的ではない部分かもしれないけど、ビジネスと文化は両輪あってのもので、片方だけではダメだと思うから。大事なのはそこのバランスなんでしょうね。あと、さっきも言ったように、僕のように一人でやってきた写真家が、そうやってセッションすることへのある種、憧れもあるんですけどね。

箭内: ゼラチンシルバーセッションは素晴らしいと思ってます。10年くらい前にシンポジウムも出させていただいたことがあるんですけど、あの頃といまでは「銀塩写真の発信」ということの意味合いがだんだん変わってきてますよね。
昔だと、デジタルへのアンチじゃないけど、古き良き時代を知る世代の人たちが、進化や進歩を拒否してるように捉える人もいたと思うんです。でも、あれから10年たつ中で、世の中の合理主義みたいなものが、ある意味、破滅的なところにまで進んできましたから、その中で継続的に、粛々と、淡々と、ずっとフィルム写真のことをアピールし続けているというのは、すごい価値があるんじゃないかと。

藤井: 時間をへてわかるということを大切にしたいですね。結果がわかるまでの"間"が必要なんです。明るいところから、暗いお寺の中に入ったら、最初、真っ暗なのに、だんだんディテールが見えてくるじゃないですか。あの時間が大事な感じがして、僕はその"間"が祈りの時間みたいな感覚がありますね。

箭内: 最近、「暗順応」って言葉があるって教えてもらったんです。たとえば、星空を奄美大島で見ていると明るいところから星を見るから、最初は真っ暗なんだけれど、ずっと時間がたつとだんだん星がちゃんと見えてくる。
みんな早合点をしたり、待つことができない時代ですけど、藤井さんがおっしゃるように、じっくり見るとか、立ち止まって考えるってとても大事ですよね。ニュースの見出しだけで、そこにブチ切れたり、許せないってなっちゃうけど、そこの裏にいったい何があるのかを感じとる時間がもらえない時代だから。写真の現像を待つような時間というのは、写真だけじゃなくて、僕たちが生きていく中で、一番必要なことのひとつだと思うんですけど。

藤井: うん、待つ時間の中で、見えてくるものってあるんですよ。僕、キャンプをよくするんです。クルマが小さなキャンピングカーみたいなものだから、作品を撮るときは、自分ひとりでそのクルマに乗って行って、写真を撮ってロケ地に泊まる。そのとき一番いいのは、たき火をして、ウィスキーを飲む時間なんですけど、ちょっと不便な生活をすることで逆に、自分が大事にしなくちゃならないものが見えてくる。そんな感覚があると思うんですね。
そうするとやっぱり世の中、見えすぎているものが多いという気持ちも湧いてきて。たとえばテレビを見てもギラギラのコントラストで、4Kとか8Kなんて言って肉眼よりも見えすぎて、色も強すぎるというのは、つねに思っていることです。
そう考えると、「見えすぎないで伝わるものって何だろう?」ということを、常に意識してますね。だから僕の画は、わりとモノトーンであったり、淡いトーンであったりするのかもしれない。

箭内: 藤井さんがそういうふうに写真を撮れるようになったのは、なぜなんですか。

藤井: どうなんですかね?広告に鍛えられた部分もあるんじゃないかと。広告というジャンルって、多様なものを求められるじゃないですか。いまは自分の得意な分野というか、仕事を選べる環境になってますけど、そうでもないときには本当にいろんな仕事をやりましたから。それで鍛えられたんだと思います。打たれ強いというか、ひ弱ではないという自負はある。
最初に写真家は孤独だという話をしましたけど、制作の現場だとスタッフがたくさんいる中で一番先頭でものを見る存在でもあるんです。だから風当たりは強いんですね。物理的な風だけじゃなく、いろんな風があるじゃないですか?それで何があっても風に倒されないように自分を保つ、そこは意識しているんです。

text:河尻 亨一  photo:広川 智基

箭内道彦(やない・みちひこ)

クリエイティブディレクター
1964年生まれ。55歳。東京藝術大学卒業。1990年博報堂入社。
2003年独立し、風とロックを設立。現在に至る。
2011年紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストでもある。
月刊 風とロック(定価0円)発行人。
福島県クリエイティブディレクター
渋谷のラジオ理事長
東京藝術大学美術学部デザイン科教授

藤井保(ふじい・たもつ)

写真家 1949年生まれ。
主な写真集:「ESUMI」「ニライカナイ」「カムイミンタラ」「AKARI」(すべてリトルモア) 「YUUGU」(ジャクエツ)深澤直人氏との共著「THE OUTLINE」(ハースト婦人画報社)松場大吉、登美氏との共著「ぐんげんどう」(平凡社)等。主な写真展:「月下海地空」(チューリッヒ)「タイムトンネル・藤井保・旅する写真」「カムイミンタラ」「THE OUTLINE」「BIRD SONG」(東京)「MEDIUM」(台北) 「藤井保写真展」(東京、島根)等。受賞多数。