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~クリエイターわらしべ物語~

中川英明

あの人「は」今って言ったら消えた芸能人の行方を探すアレですが、あの人「が」今と言ったらその逆です。藁を握りしめていた昔の姿からは想像もつかぬほど、ACC賞を取るなどしてあれよあれよとトップランナーに。そんなわらしべ長者的にビッグになっていったクリエイターをご紹介します。第三回目は2013年に『まったく同じナレーション』(ワコール)、2014年に『僕の周りのブラ事情』(ワコール)で連続してACC賞グランプリを獲得したラジオCMの達人、電通の中川英明さんに本誌編集長が直撃インタビュー!

だいぶこじらせた方

―中川さんはラジオCM部門でACC賞グランプリを2年連続獲得したというトップランナーです。わらしべ(下積み)時代なんてあったんですか?

すごくありました。僕TCC(東京コピーライターズクラブ)の新人賞をいただいたのも、入社12年目だったんですよ。早い人は2、3年目で獲るでしょう。だから、会社の中でもだいぶこじらせた方だと思います。僕がトップランナーだとしたら、もうゴールしてお茶飲んでる人間が何人もいるんじゃないかなって。入社して数年は、大きなクライアントさんの大きなチームの末端にいて、華やかな世界とはずっと無縁に働いていました。1年目の時に先輩につけられたあだ名が「ト書きマシーン」だったんですよ。「お前はただただト書きを書く、物言わぬ機械になれ」と。でも、自分の芽が出ないことについて作業のせいにもできなくて、僕個人の問題も大いにありました。ある新人研修で企画を出したら、トレーナーに「こんな企画を書いているようでは君の将来が心配だ」って言われて。新人の企画といったら、ハチャメチャすぎて怒られるのが普通じゃないですか。でも僕の場合それが恐ろしくこじんまりとまとまっていたんです。水気の飛んだしわっしわの古い果物みたいな。

※ト書き:脚本上にある人物の動作やシーンの説明

―(笑)老成していたんですね。

局内でも、“中川ってちゃんとしてるよね(おもしろくないけど)”という評価で。だから自分のクリエイティビティに自信がない時代を10年以上過ごしていました。「なんで俺のおもしろさが伝わらないんだ」というのではなく、「なんで俺っておもしろいこと思いつかないんだ」なんですよ。あと小心者で生真面目な性格なので、たとえば賞をいただいたオモシロ系の企画についても、「ふざけたものがほしいです」と言われたから、ただ全力でそれに当てに行っているだけなんです。自然に思いついてるんじゃなくて、ふざけなきゃと思って一生懸命ふざけている。逆に「かっちりしたものを」と言われれば、ものすごくかっちり考えるし、どんな時もただオーダー通りのものをつくろうとする。だから、こういう才気走った場に呼んでいただくような人間では本当に…ない…。

―いやいや十分なスターですよ! わらしべから脱却したきっかけはあるんですか?

それはハッキリとありますね。社内に山本渉というカンヌでグランプリを獲ったラジオCMの名人がいまして、10年目の時に彼の下でワコールさんを担当することになったんです。それで、意識的な実験として「この人の言うことを全部信じてみよう」と決めたんです。それまではCDが右と言っても、自分が左がいいと思えば、いつまでもちょっと左にこだわってた。だけど10年以上芽が出なくて、自分に才能がないのはもうよくわかったから、それを信じるのはやめようと。だから、一回自我をゼロにして、100%渉を信じてみたんです。そうしたら入社以来初めて電通賞の部門優秀賞をいただけて、「あ、やっぱりそういうことか」と。これが自分の中の転換点だったと思います。それまでは、自我が自分をじゃましていたというか。その後の2年連続のACCグランプリも、そのノウハウはすべて渉から教わったものなので、僕は自分のことを今でも“渉の劣化版のコピー”だと思っています。

―若い人には響きそうなお話ですね。

自分に才能があると確信している方はいいんですけど、才能がないんじゃないかと悩んでいる方は…もし目の前に明らかに自分より達人がいるんだとしたら、その人の言うことを100聞いても損はないかなと思います。

―仕事は、ラジオCM以外には。

テレビCMの企画もするし、グラフィックのコピーも書きます。僕はデジタルとかPR的なアイデアを考えるのは苦手なので、そこは得意な方にお任せして、いわゆるクラシックなメディアはがんばろうかなと。ウェブが注目されていますけど、もっとみんなそっちに注目すればいいのにと思ってます。そしたらこっちが手薄になるんで。

―(笑)じゃあ、ラジオCMのおもしろさとは。

テレビは音も出る、絵も出る、文字も出る。だから、受け手は特に何もしなくても理解できるんですけど、ラジオって聞いて頭の中で思い描いて、やっとそこで完成するものなので。実は不完全なものな気がしていて、それが不便だとも言えるし、おもしろいとも言える。テレビで表現できない映像も作れますよね、「まったく同じナレーション」の“2つのふくらみ”も、テレビでは映せないので。

―どの程度のふくらみなのか人によってね…。

そこがおもしろい。あとラジオの場合、演出も自分でできるので楽しいですね。自分がおもしろいと思った方向をつきつめられるので。

―話変わりますけど、今の広告って全般にどう思われますか?

僕個人はテレビもラジオも好きなので、あまりそこの可能性を疑ったことがないです。日本の景気もずっと悪いと言われてきましたけど、だんだん上向いてくるにつれテレビCMも元気になってきている気がして。auの三太郎やペプシNEXもそうですけど、「あのCMね」という会話が復権してきている。僕が大学生の頃は「明日があるさ」とか、資生堂のTSUBAKIとか、CMにCMらしいメジャー感があった。あの感じがすごく復活してきている気がしますね。

とても太った小説家時代を経て

―中川さん、大学時代は小説家だったんですよね。

全然売れなかったんですけどね、何冊か出しました。ただ、小説家になったらモテると思ってたんですけど、全然アテが外れて。当時はすごい太っていて、体重93kgで服のサイズも3Lでした。写真、見ますか?

(今のお姿からは想像もつかない写真を拝見)


―うそー!!

12歳から24歳までの大事な青春期に太っていて…僕は当時の自分を“受験戦争が産んだ悲しきモンスター”と呼んでいます。

―(笑)中川さんて、いい大学を出て大手に就職して、ある意味挫折を知らないサラブレッドかと思ってたのですが…。

ボキッと大折れしたことはないのかもしれないんですけど、学生時代に10年以上コンプレックスがあって、社会人になっても10年以上芽が出ていないので、長いあいだ毎日じわ~っとリボ払いで嫌な目に遭っている感じですね。でも多少は、小説家だったことが今の仕事に影響している気がします。物語を考えるのが大好きなので、CMのストーリーを考えるのも好きだし。キャッチコピーよりボディコピーの方が得意なのも、長い文章を書くのが好きだからだろうし。就活の採用面接も、ダイエットネタと小説ネタで押してました。

―充分なネタ数ですよね。大学時代に広告会社に行こうと決めたんですか?

あちこち手あたり次第、就職活動しました。映画が好きだったので、何かしらコンテンツを作ったり、映像を作ったり、物語を作ったりはしたかった。テレビ局やゲームソフト会社、映画配給会社なんかを受けて、15社すべって16社目で初めて内定をもらったのが電通でした。だから、嗚呼ありがたい、お世話になりますという感じで。

―トップランナーとなった今、これからどうなっていこうと思ってますか。

芽が出ずこじらせていた10年も、振り返ると仕事はずっと楽しかったんです。賞を獲ってからも特にそれは変わらなくて、この楽しい時間が1秒でも長く続けばいいなと素直に思うし、そのために引き続きがんばろうと思っています。それから、「僕の周りのブラ事情」に出演した姉とかは、日本でほぼ唯一の僕の大ファンなんですけど。これからも家族や好きな人に喜んでもらえるものを作りたいです。僕より上の世代になると、YouTubeで何百万回再生されたとか言ってもピンと来ないんですよね。だからそれよりも、姉みたいな普通の主婦とか、子どもからお年寄りまでが「あれいいねえ」というものを作りたい。その指向はずっと変わらないと思います。