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~クリエイターわらしべ物語~

佐藤ねじ

あの人「は」今って言ったら消えた芸能人の行方を捜すアレですが、あの人「が」今と言ったらその逆です。わらを握りしめて泥の中をもがいていたのは過去の姿。数多の受賞や人々の話題をかっさらい、今や引く手あまたのクリエイターに!そんな、わらしべ長者的に階段を駆けのぼったクリエイターをご紹介するこの連載。第10弾は面白法人カヤックを経て「ブルーパドル」を立ち上げた、プランナー/アートディレクターの佐藤ねじさんに本誌編集長が突撃インタビュー!

自分にちょうどいい場所探しが得意な
真面目の呪縛を背負った人。

―どんな子どもだったんですか? 人の、今に繋がるルーツが聞きたくて。

 転校が多かったんです。転校すると、そのたびキャラをやり直せるんですよね。だいたいその世界のカーストで上のほうに行ける気はしないから、上とは違う場所で自分に許されているところを探して。サッカーの上手い子がいないクラスなら「サッカーできるキャラ」、その後の学校では「ちょっと絵の描ける人」とか、可変でした。

―あ、その頃から美術系に行こうという気が。

 全然ないです。家系も、父は公務員、母は専業主婦、名字は佐藤でA型という普通でノーマルの典型のような環境で育って、そんな世界があることもわかっていなかった。絵だって、ドラゴンボールを模写してヒーローになるような子どもではなかったんです。模写しても偉いのは鳥山明先生であって、自分はオリジナルを描くんだと思ってましたしね。無理はせず、自分にちょうどいいところを見つけてきました。

―オリジナリティは今に通じるものを感じますね。しかし僕も親が公務員で、A型で、同じだなあ。

 ほんとですか。ノーマルで特別ではない、というのが自分のベースにあります。だからこそ“ノーマルの中の異常”に興味がある。ルーツというか、テーマですかね。親からはクリエイティブではなくて、「やるべきことをちゃんとやる」という真面目な部分をいただいて、今はそこを武器にしている気がします。大学は美大へ行ったのですが、破天荒な人が多い中では逆に真面目なほうがいいだろうと。若いと「おもしろい仕事」「目立つ仕事」を望みますけど、僕はそれに加えて「やるべきことをやる」という呪縛があって。それは、おもしろくない仕事をおもしろくするという指向につながっているかもしれません。

―意外だなあ。おもしろいことばっかり考えている破天荒な人だと思っていました。この業界に入ったきっかけは何だったんですか?

 高校の時に芝居に興味を持ったのがきっかけで、美大でメディアアートを学びました。空間の中にアイデアを活かせる時代が絶対に来ると感じて就職活動もしたんですけど、勘違いでセールスプロモーションの会社に入ってしまいまして。今でこそインスタレーションとか増えているけど、当時はテクノロジーもデザインもなくて、半年で辞めてしまいました。次にデザイン事務所に入り、カタログなどのグラフィックをコツコツ地道につくり続けて。ボコボコにされながらデザインの下積みをした4年間でしたね。

―ボコボコにされながらって言いました?

 まあ、本当にコツコツと。月曜の朝に出社して、帰れたのが日曜日ということもありました。その時はウェブもやっていたのですが、社内にできる人がいないのでデザインも実装も自分ひとりでやっていたんですよ。その1週間は毎日新しいことを覚えて、めちゃくちゃ成長しましたけどね。そのうち企画を形にするときにグラフィックだけということに息苦しさを感じ始めて、後半2年は時代の流れもあってウェブの仕事をしていました。大学でメディアアートをしていたのもありましたし、独学でウェブを通した作品をつくるようにもなって。
 デザイン会社では、その会社の色もあって自分のアイデアを仕事に出すことはできませんでした。楽しい仕事ではないので、やっぱり溜まるじゃないですか。金曜日の夜から日曜日の夜までが唯一の自分の時間なので、そこは作品制作に充てるということをずっとしていました。仕事ばかりだと、「仕事の正解」と「自分が本当におもしろいと思ってるもの」がわからなくなってくるので、それを確かめるためもあって二足のわらじ的に個人作品をつくっていました。

―そんなに若いうちにそこの重要性に気づいたんですね。ぼくなんかつい最近ですよ! カヤックに入社したのはどういった経緯なんですか。

 やっぱり、上のほうに行こうというのはなかったんですよね。有名な会社に入ったり、賞をバンバン獲ったりというような、自分はそっちではない。昔から、自分のできること・できないことを整理するのが好きなんですよ。等身大でいようと。だから一番かっこよかったバスキュールではなかった(笑)。個人作品で文化庁の賞をもらったことでカヤックの中の人とつながりができていて、すんなり入社できたんです。カヤックの人はみんな自由な感じでやっていて、かつ技術があるので、自分にとっていい場所だろうなって。

頭の中のアイデアがどこで成就するか

―以前からテクノロジー系に強くて、メディアアートを専攻したんですか?

 美大の頃は芝居をやっていて、ずっと脚本や演出をしていたんです。その頃は大人計画やラーメンズがきていた頃なんですよ。アイデアを形にするときに、芝居は総合芸術なのでいろいろなことができるんです。メディアアートはパフォーマンス側に振ると芝居と似ているところがあって、自分に合っていたのがメディアデザイン系のコースだったんですね。芝居は空間もグラフィックもつくれておもしろかったですよ。その場の要素を使って考えるという発想は、ウェブでも活かせます。それまで日本にそういう発想を持った人はあまりいませんでしたし。

―佐藤さんのつくるウェブは人間味がありますよね。劣化するウェブサイトとか、人肌を感じる。

 ああいうのは自分のルーツに近いかもしれません。ガチの現代アートとバズるエンタメは離れたものですけど、その両方が混ざっているようなものが好みで。

―「仕事」と「作品」の違いについてどう考えていますか?

 デザイナーにもクライアントワークが得意な人と、造形を追いたいという人がいますよね。僕は後者ですけど、「ちゃんとしなきゃ」の呪いがあるのでバランスをとっています。その意味で仕事と作品の違いはあまりなくて、ボーダレス。頭の中にあるアイデアが、どこで成就するのがいいか、くらいの違いなんですよね。「この企業から出るのがふさわしい」のか、「個人のSNSで出そう」となるのか。クライアントの目的に合わないといけないから難しいんですけどね。王道でいけばここだろうけど、さらに自分なら行けるというところの交差点に落とし込めたらベスト。子どもシリーズなんかは個人で出すことに意味がありますし。

―アイデアが基本にあるんですね。どれくらいストックしてるんですか?

 ワーッと…何個だろう。日々ふと思ったことをiPadにメモッていて、週ごとに「今週のアイデア」と整理してジャンルごとにまとめています。一子目が生まれて時間が限られていた時は、土曜日の寝かしつけが終わった21~22時でスタバでまとめると決めてやっていたんです。限られた時間だからこその集中力ってありますね。今はいつでもできるとなって、サボりがちで。自分を律するための工夫が必要ですね。

―アイデアはどこから生まれてくるんですか?

 仕事モードじゃない時に出るアイデアが大切で、その瞬間にしか出ない解像度があります。今ここでしか出せないこと、できないことに重きを置いています。だいたい何かを見た時に感じる違和感でメモることが多いですね。主流ではない枝葉を考えていくのが思考のクセで、なんていうんですか…「普通」を見つけるとおもしろいものが見つかる。例えば「イスの脚は4本」みたいな当たり前すぎて意識しない普通を見つけると、それとずらしたことが考えられるんです。支えるための脚を風圧にしてみたらどうか、とか。そう考えるとモノは無限にあって、その場じゃないと生まれない。生活の中から生まれるネタが多いのは、単純にそこでしかできない発見だからです。今は子どもを見る時間が多いので、子ども周辺のアイデアが多くなりますね。病気にかかればきっとそっち系が多くなるだろうし、それでいいなあと思うんです。無理して出すアイデアにはやっぱり無理があったり、上辺の浅いものになりがちで。それはそれで戦わなければいけないところではありますけどね。