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~クリエイターわらしべ物語~

森田 一成

あの人「は」今って言ったら消えた芸能人の行方を探すアレですが、あの人「が」今と言ったらその逆です。わらを握りしめていた昔の姿からは想像もつかぬほど、ACC賞を取るなどしてあれよあれよとトップランナーに。そんなわらしべ長者的にビッグになっていったクリエイターをご紹介します。第4回目は、昨年に続き今年もACC賞ラジオCM部門でゴールド(キリンビール 一番搾り 大阪づくり「度合い篇」)など数々の賞を獲得したビッグフェイスの森田一成さんに本誌編集長が直撃インタビュー!

業界に、入りたいのに入れない

―広告業界を志したのはいつですか?

僕が広告の世界をめざすきっかけとなったのは、電通の八木義博さんなんです。学生時代のバイト先の先輩だったんですよ、ツタヤの(笑)。八木さんは学生の頃から映像作品とかを作っていて、いつからかそのお手伝いをするようになって。おもしろい業界があるんだなあと興味を持つようになりました。それで広告会社をたくさん受けたのですが、ひとつも受からなくて。いつか受かるだろうと就職浪人して2年目も挑戦したんですけど、やっぱりダメ。1年半くらいフリーターをしていました。コピーライターの養成講座に通ったり、仕送りがなくなって早朝バイトをしたり。この仕送りがなくなったくだりは、今回ブロンズをいただいたパナソニック リフォーム「帰省篇」で丸ごと活かしました。これ、本当の僕の話なんですよ。仕送りをやめた実家が水回りをきれいにリフォームしていたという。

―ご本人の実話だったとは! それで、就活は散々と。

大阪の広告会社は全部受けましたけど全滅で、東京の制作会社になんとか拾ってもらえたんです。コピーライターとして入ったんですけど、入社1カ月で出向になって営業業務。昼営業で、夜会社に戻ってコピーを書くという生活でした。大変でしたけど、この時に体力が付きましたね。そして、この営業の経験がすごくためになった。人と接することや、信用されれば仕事が進むという経験ができて、コピーだけ書いていたら学べなかったことを身に付けられたんですよね。コピーを書くのも、営業で人と話すのも、コーヒーを淹れて回るのも、すべての仕事にプロデュース力が重要だということに気づけたのはコピー以外の仕事をしていたから。これに気づいたのは大きいことでした。

ビッグフェイスで目覚めの時を迎える

オカンがリフォームしている頃(笑)、八木さんにビッグフェイス元社長の大久保を紹介してもらったんです。当時大阪にあったビッグフェイスのオフィスに行ってみると、めちゃめちゃおもしろい。色んな会社に行ったことがあるけど、明らかにおもしろい会社なんです。東京の会社には1年2カ月いて、楽しく仕事していたんですけど、ビッグフェイスに入るということで大阪に戻りました。これが26歳の時で、今はもう36歳ですからね。
入った頃は社長の手伝いがメインで、コピーなんて書かなくてもいいやというほど毎日楽しく過ごしていました。それでも年に2回は企画を考えて、コピーも考えるんですけど、おもろいものが一向にできなかった。でも楽しいからこの業界にはいたくて、どうがんばろうかなと思っていました。

―ワラ握ってますね~。今やおもしろい作品が大量に評価されているのに。

いやもう、あの頃はどれだけコピーを考えてもおもんなかった。ただ一度、自分の好きな劇団「ヨーロッパ企画」を起用したいと思って原稿書いて、収録でアドリブやセリフ変更が入った結果、想定よりはるかにおもしろいモノができたんです。その時に、原稿の細かい部分にこだわるより、演者が楽しくやりたいようにやってもらった方がいいと気づいた。自分には演者ありきの当て書きが向いているとわかった、2009年の目覚めです(笑)。そこから少しずつ変わっていきました。若いときって、自分のおもしろさにこだわりすぎてしまう。才能ないと認めるのは嫌でしたけど、自分のやり方はこれだとわかったわけです。こだわる部分を変えたって話ですね。そこからはほぼ当て書きで、キャスティングにこだわるようになりました。

―一番最初にACC賞を獲ったのは。

2009年の地域ファイナリストですかね。僕はACC賞を基準にしているので、本当に嬉しかったです。“2009年の目覚め”以降はぼちぼち賞を獲り始めて。正直、2012年にラジオCM部門の審査委員が変わったのが大きいとも思っています。低予算で作ったものも評価されるようになって、希望が持てましたね。その12年には、うちの家族を使ったパナソニック LEDシーリングライト「父からの手紙」で、ゴールドだけでなくクラフト賞もいただけて。これの企画をした2011年は震災のあった年でした。ラジオCMで家族の絆みたいなものをどう描くかを結構悩みに悩んだんですけど、リアルが1番強いと思って自分の家族に出演してもらいました。家族を演者にするというのは、スベれば末代までの恥になるし、カードを切るのに勇気のいることでした。家族全員でスべるのはマズいでしょ、血でスベるみたいな。実際に父が私に書いてくれた「社会人十カ条」を元にした話なんですが、本当にツッコミどころが満載で、これはネタになるなと。実家で会話したものをそのままCMに使いました。普通の森田家です。オカンだけ、こういうの妙に上手にやってしまうところがあるので、ワイン飲ませましたけど。これが唯一の演出でしたかね。結果、一か八かのカードが評価されたのは本当に嬉しかったです。