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~クリエイターわらしべ物語~

浜崎 慎治

あの人「は」今って言ったら消えた芸能人の行方を探すアレですが、あの人「が」今と言ったらその逆です。わらを握りしめていた昔の姿からは想像もつかぬほど、ACC賞を獲るなどしてあれよあれよとトップランナーに。そんなわらしべ長者的にビッグになっていったクリエイターをご紹介します。第5回目は、昨年フィルム部門AカテゴリーでACCグランプリを受賞したauの「三太郎シリーズ」をはじめとして、数多くの話題作を作り続けている浜崎慎治監督に本誌編集長が直撃インタビュー!

演出したいのに、させてもらえない。

―今でこそ、名だたるCMのディレクターとしてご活躍ですが、まずディレクターになるまでのご苦労があるんですよね?

 大学は建設工学部で、将来はダムとか橋のような大きいものを作るつもりでした。でも設計事務所の面接で落ちてしまって。たまたま、スチールカメラマンをしている兄の部屋で『コマーシャル・フォト』を見て、この業界に興味を持ったんですよね。今はもうないのですが、東北新社系列の制作会社ニッテンアルティに入社しました。
 ここでPMとして2年間、制作の現場をたっぷり学ぶことができました。ただ、演出をやりたかったのですが、この会社にいてもその役割は回ってこないんですね。忙しくて家にも帰れなかった制作時代は、お金がどんどん貯まっていき、そのお金を軍資金に会社を辞めることにしました。それまで浪人や留年の経験がないので、人生初のドロップアウトです。この空白期間に、どうすれば自分のやりたいことができるのかを考えました。
 せっかく2年の制作経験があるので、自分で映像を作ってみて。ちょうどMacの編集ソフトが出てきて、自分で編集できる時代が来ていたので、同じ時期に会社を辞めた二人の仲間と順番に手伝い合って、それぞれ映像を作ってみたんです。僕が作ったのは、自転車で通勤する人たちが急にレースをはじめるMVのような映像。その作品がたまたま評価されて、賞を獲ったりテアトル新宿で放映されたりしました。

―その後TYOに入ったのはどういう流れで?

 貯金も尽きたしそろそろ就職しようかなと思った時に、この映像をTYOに送ったんです。社員の募集もしてないところに、図々しいですよね(笑)。この会社には優秀なディレクターさんが多いから安易な考えですが、入りさえすればなんとかなると考えました。そしたらなんと、映像を見た早川(和良)さんが面接してくださり「明日から来ていいよ」と。めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えています。
 無事に企画演出部に入ることができて、やっとスタートラインに立てたと思いました。もうこっちのもんだ、おもしろい仕事がバンバン来るぞ、と。ところが、演出の仕事なんかまったくこなくて、とにかく机に向かって企画を考え続ける2年間が待っていました。企画作業で自分の企画がプレゼンされて世にCMとして出る確率は1%以下とかの世界でしょ。完璧に道を間違えたと思いました。
 そもそも、会社の中で中途で入社した自分の存在はまったく知られていないんですよ。おもしろい仕事なんて来るわけがない。じゃあどうやって社内の人に振り向いてもらえるかと考えたら、賞を獲ればいいと思いついたんですね。人は“人の評価”で評価しますから。

仕事がないから、実家のCMを自作

―仕事もないのにどうやって賞を?

 僕、実家が鳥取で100年以上続く醤油屋をしているんです。実家のCMを作って賞を獲った人は業界にまだいないぞ、これは画期的だぞと思って。会社のプロデューサーの鷲見(曜一)さんに相談したら二つ返事で承諾してもらい全面協力で撮影を行いました。そして醤油屋のCM「活け造り」篇でACC賞のブロンズを獲ることができたんです。
 社内で「なにこのCM?」「なんで獲れたの?」と注目されて、その後おもしろい仕事を少しずついただけるようになりました。ひとりでは不可能だったことでも、鷲見さん、他スタッフの方の協力で成立した。ありがたいことに節目節目で、誰かがいてくれるんですよね。

―ターニングポイントですね。

 そして次のターニングポイントがトクホン「ハリコレ」の受賞でした。ACC賞ではファイナリストでしたが、広告批評のベスト10に入ったりとあれこれ獲れて、おもしろい仕事が舞い込んでくるようになりました。パイロットさんの仕事もいただいて、ここで電通のCD篠原誠さんと出会うんですよね。
 その、パイロット「coleto」で獲ったACCシルバーはとても思い出深いです。あとあとで審査委員の方に聞いたら、ゴールド候補だったらしいんですよ。この評価で、「自分がやってきたことは間違ってなかった」と思えました。ここまで、実家のCM以来5年間、ものすごいがんばってるのにファイナリストどまりで。気持ちがくすぶってたんですよね。もしここで獲れていなかったら、また迷走して不遇の時代に突入していたと思います。

―浜崎さんは、企画の段階から入るんですか?

 企画はプランナーにお任せしています。僕はその企画の根幹を変えずに、ディテールをどうするか、どうジャンプさせるかを考える。企画から入ってしまうと、ジャンプアップしないんですよね。
 PM時代にたくさんのディレクターのやり方を見たことが、大きな糧になっています。2年でみっしり、何年分も勉強できた。思ったのは、「ディレクターとはこうあるべき」という型はないんだなということです。ただ、同じ人はいらなくて。自分のやり方を模索することが大切。
 以前は「こうでなくちゃ」という部分もあったんですけどね、今は人の意見をよく聞くようにしています。採用するかは別として、まずは聞く。自分の表現というより、企画を汲み取ってどこに着地させるかを重要視しています。あとは、それがCMじゃなくても映像としておもしろいか?ということですね。